第5話

―開幕前―


 タイジは、新宿の高層ビルの一室にいた。

 そこは表向きは投資顧問会社「マネーメーカー・ホールディングス」のオフィス。

 だが地下へと続く金属製の階段を降りると、世界の富豪と犯罪者たちが金を賭け合う異様なアリーナが広がっていた。


 名を――**金球殿(ゴールド・コート)**。


 床はガラス。下には札束が敷き詰められ、コートのラインは金の粉で描かれている。

 ネットポストにはダイヤ。ボールボーイすらスーツ姿の使用人たちだ。


 そして、コート中央にはサングラスをかけた男が佇んでいた。


「ようこそ、貧者の挑戦者くん」


 **カネダ・サブロー**。

 このリーグの中でも圧倒的勝率を誇る男にして、“金を神と信じる狂信者”。


 タイジは無言でラケットを構えた。


---


### ―ルール説明―


 この試合のルールは、**投資型庭球(インベスト・テニス)**。


 - ゲーム開始時、両者にそれぞれ**1000万円分の“持ち点”**が与えられる。

 - ラリーが続くごとに“株価”のように金額が変動する。

 - 得点を取れば、そのときの“株価”ぶんの金が自分に加算される。

 - 逆に失点すれば、**資産が相手に吸われる**。

 - 持ち点が0になった時点で強制終了。敗者は**全財産没収&追放処分**。


「つまり、実力と経済感覚の両方が問われるわけだ。……貧乏人にはちと荷が重いゲームだよ?」


 カネダが歯を見せて笑う。


「……金なんか、勝手に動いてろ。俺は“勝つ”だけだ」


 タイジの言葉に、観客たちがどよめく。


 マネーギャンブラーたちがスマホで株価連動のラリーシステムを操り、オッズが刻一刻と変動していく。


 レフェリーがコールする。


「ゲームスタート!!」


---


### ―試合開始―


 1ポイント目。サブローのサーブは正確かつ鋭い。

 ボールはタイジのバックサイドへ低く突き刺さるように飛ぶ。


 ――しかし、タイジはそれを“ギリギリのタイミング”で打ち返した。


「……チキンプレイか?」


 サブローが挑発する。


 だが、それは違う。


 **タイジはラリーを“わざと”続けていた**。


 この試合、ラリーが続けば続くほど、**1ポイントの価値が上がる**。

 今や1ポイントの価値は……**1350万円**。


「この一点、もらう」


 タイジのドロップショット。

 サブローが前へ詰めようとするが――タイミングが合わない。


 **タイジ得点!**


 【持ち点:タイジ→2350万 サブロー→650万】


 観客席に動揺が走る。

 数千万が動いた。スマホを叩き、叫ぶ投資家たち。


「クク……やるな。読みと精度は本物か」


 カネダが口の端を上げる。


 「だがな、**金は感情を喰う**」


 2ポイント目。今度はサブローが、**リスク球**と呼ばれる“資産倍加球”を選択。

 これを成功させれば、資産が一気に2倍になる――が、ミスすれば半減だ。


 その球は――**ネットぎりぎり**のサイドスピンショット!


 「……!」


 タイジは足を滑らせながらも、ギリギリで追いついた。

 **受殺**で球の回転を吸収し、逆スピンで打ち返す。


 だが……サブローが笑う。


「待ってたよ、その球」


 逆サイドへ**完璧なスマッシュ!**


 **サブロー得点!**


 【持ち点:タイジ→1700万 サブロー→1200万】


 金が揺れ、空気が唸る。

 **金のテニス**は、勝てば金持ち、負ければゴミ。


 ハルオが観客席でつぶやく。


「……タイジ、お前が“金の亡者”たちとどう戦うのか、見せてみろよ」


---


### ―クライマックスへ―


 スコアは現在、4対4。

 【タイジ:880万】【サブロー:820万】


 最終ポイント。オッズは……**2500万。**


 この一点で、勝敗は決まる。


 サブローがつぶやいた。


「最後の球は……“買わせてもらう”よ」


 レフェリーが一瞬、動きを止めた。

 ――観客席から、大量の資金が動いたのだ。


 サブローは、\*\*最後の一点を金で“固定”\*\*しようとしていた。


 「裏取引だと……!」


 観客席で怒号が飛ぶ。だがこの世界は、金こそルール。


 その瞬間――


 **タイジのラケットが、真っ直ぐに振り抜かれた。**


 サブローのサーブを“カウンター”で叩き返す。

 コートの隅を正確に突いたショット。

 サブローが動いたが――間に合わない。


 **ポイント、タイジ!!**


 【持ち点:タイジ→3380万】【サブロー→0】


---


## 試合終了


「勝者、タイジ!!!」


 札束が舞う。

 金が崩れ落ちる。

 カネダ・サブローは唖然と立ち尽くしていた。


 「バカな……俺が……金で……負けた……?」


 タイジは背中を向け、ただ一言つぶやいた。


「テニスに必要なのは、**心と技術**。……金じゃない」


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