第3話

 その夜。


 試合後、タイジは廃コートから徒歩で離れた裏通りの喫茶店にいた。

 看板の灯りは半分切れ、マスターも常連も全員、裏社会の人間。

 店の名前は――**「Deuce(デュース)」**。


「勝ったな、タイジ。お前が勝つに賭けた連中が、10分で4千万円持ってったぞ。……で、お前の取り分は、700万。手数料抜いて、500」


 男の声がした。


 カウンターに座る、サングラスの細身の情報屋――**嶺岸ハルオ**。

 タイジの高校時代のダブルスパートナー。今は闇の「試合仲介人(マッチメイカー)」として暗躍している。


「安いな」


 タイジはウィンナーコーヒーのクリームをスプーンで溶かしながら、ぼそっと呟く。


「お前が“戻ってきたばかり”だからだよ。比嘉錬司は、お前を市場価値の低い“復帰崩れ”として世間に流してる。名前を汚されたまま、いつまでもコートに立てると思うなよ」


「だから勝ち続ける。……それだけだ」


「……らしいな」


 ハルオは小さく笑い、懐から一枚の写真を差し出した。

 そこに写っていたのは、鉄パイプを手に暴れている獣のような男。


「次の相手だ。“骨折の源”の兄貴分で、通称――**クラッシャー嵯峨(さが)**。

 元はプロレスラー崩れで、今は“実戦型ストリートテニス”の常連だ」


「ストリートテニス?」


「つまり、“ラケットを使って殴ってもいいルール”だ。お前が勝てば、正式に“ギャンブル・リーグ”への参戦資格が認められる。負ければ……腕が逆に曲がると思え」


「ふん……テニスじゃねえな、それは」


 タイジは、カップの残りを飲み干して立ち上がった。


「場所は?」


「大阪、住之江の埠頭倉庫。明後日の夜。準備はいいか?」


「構わねぇ。テニスを汚した奴らを、順にぶっ潰す」


---


## シーン:試合当日 ― 住之江・第七倉庫


 埠頭の一角、コンテナが並ぶ中にぽっかりと開いた倉庫。

 内部では仮設のコートが張られ、観客席にはスーツ姿の関西ヤクザ、外国人バイヤー、ギャラリー嬢たちが座っていた。


 ラケットを肩にぶら下げ、タイジが入ってくる。


 その正面。血に塗れたジャージ、刃が仕込まれたシューズ、

 ラケットを鉈のように構えた男が立っていた。


「タイジィ……てめぇ、弟分の源をやりやがったな。あいつ、今じゃ飯も食えねぇらしいぞ。指も曲がらねぇってよぉ!」


 **クラッシャー嵯峨**の口元が歪む。

 殺気がコートを包んだ。


「今日のルールは“ストリート庭球”――**ルール無用**の1ゲームマッチ。

 ボールが相手に当たっても得点扱い。打球でも、拳でも、勝てば正義だ」


 アナウンスが響き、観客が狂ったように湧いた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る