第2話
「おいおい……さっきのは、たまたまだろ?」
骨折の源が、歯ぎしりしながら立ち上がる。左脚がわずかに軋む音が、静まり返ったコートに響いた。
だがその表情には、まだ余裕があった。
彼の身体は、改造手術を繰り返して作り上げた“肉の装甲”。通常の打球なら、力でねじ伏せればいい。
――ただし、“普通の相手”なら、の話だ。
源が構え直し、次のラリーが始まる。
ドシュンッ!
重たい打球音が空間を揺らす。源のフラットサーブは、時速200kmに迫る。
「ッ……!」
タイジはラケットを振り遅れたように見えた。だが――
**ギュルルッ!**
ボールは回転しながら浮き上がり、ネット際で死ぬように落ちた。
「ドロップ!? あのスピードから!?」
観客の中の一人が叫ぶ。
ラケットの面で“当てる”のではなく、“巻き込む”。タイジ独特の技術。
名を――**落風打(らっぷうだ)**。
源が慌ててネットへ走る。しかし、体重100kgの肉体では間に合わない。
ふたたび――ノータッチ。
「タイジ、2ポイント目!」
背後のギャンブラーたちがどよめく。金が動く。
スマホで速報を送る男、目を見開く金主、苦虫をかみ潰すような顔の賭け屋。
そして、モニター越しにその様子を静かに見つめる男がいた。
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## 一方、その頃 ――
場所は六本木の高層ビル、最上階。黒革のソファの上に脚を組み、片手でワインを揺らす男。
**比嘉錬司(ひが・れんじ)**
「……始まったか、タイジ」
彼はモニターに映る姿を見ながら、薄く笑う。
「ふるいにかけるにはちょうどいい。あのコートは、虫けらが勝てるような場所じゃない。
さて、最初の関門は――突破できるか?」
隣には、白いドレスを着た女が一人。
目は虚ろ。かつてタイジの恋人だった、**雪野ミナ**。
彼女はただ、黙ってグラスに口をつけた。
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## コートへ戻る
「ふざけんなああああああああああああああああああ!!」
骨折の源がラケットを地面に叩きつける。コートの床が割れ、コンクリートが砕けた。
「舐めやがってぇ……この球でてめぇの顎をへし折ってやるよ!」
源が構える。
変則的なモーション。
それは、**八の字ステップから繰り出す“殺人サーブ”**。
元プロボクサーの動きを応用した、破壊専用のテニス技。
タイジの目が鋭く光る。
――この打球は、普通に受けたら折れる。
そして、源が吠える。
「食らえええええええええッ!!」
スローモーションのように、白球が空を裂く。
だが、タイジは一歩も動かない。
背筋を伸ばし、腕の力を抜いて――
「“受殺(じゅさつ)”。」
ラケットのガットがしなり、ボールを吸収するように受け止めた。
反動で源のスピンが打ち消され、ボールは宙に浮く。
「甘ぇよ」
そして、タイジのカウンター。
――ボールは、源の頭部をかすめ、観客席の壁にめり込んだ。
誰も、声を出せなかった。
「……タイジ、3ポイント目。**試合終了**」
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静まり返るコートの中、源は膝をついて震えていた。
どんな暴力にも屈しなかったその男が、恐怖に怯えていた。
「おい、指……持ってけよ」
タイジは無言で背を向けた。
ラケットを背負い、暗い廊下へと歩いていく。
かつての栄光は、もうどこにもない。
だが、目指すものははっきりしていた。
――賭球王・比嘉錬司。
あいつをぶっ潰す。
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