庭球賭博録タイジ
パンチ☆太郎
第1話
> ――コートは、血の匂いがした。
廃墟となったスポーツセンターの地下、観客席もネットも朽ち果て、天井のライトだけが明るすぎるほど光っている。
水城タイジは、埃の積もったラケットを持ち、ネットの向こうの男を見つめていた。
男の背中には刺青。腕にはピストルのタトゥー。そして、ギラつく目。
「ルールは、いつも通りだ。ボールが地面についたら、お前の指一本な」
観客席にいるのは、金を賭ける男たち。スーツ姿のヤクザ、外国人の富豪、笑いながらドラッグを吸う女。
タイジは、黙って左手のテーピングを締め直した。
「……一球で終わらせてやるよ」
そして、サーブの構えに入る。
ラケットを振る。
ボールが走る。
死のラリーが、今、始まる。
---ラケットが風を裂く音とともに、ボールが鋭く地を跳ねた。まるで刃物が飛んでくるかのような速度と回転。
相手の男――骨折(ほねおり)の源(げん)は、タイジのサーブを無造作に打ち返す。肉体はゴリラのように太く、首がない。だが、動きには一切の無駄がなかった。
「フン、ちったぁ速ぇな……だがな、こちとら左脚の靭帯二本切れてんだ。それでも動けるように、骨を削って改造してあんだよ」
バキィン!
骨折のスピンショットがタイジのバック側へと深く突き刺さる。ボールがラインぎりぎりで弾んだ瞬間、観客たちがどよめいた。
「決まりだな」
そう思った瞬間、タイジの足が静かに動いた。
音もなく、無理なく、最短距離で――。
彼のラケットが、まるで舞うようにその球を捉えた。
「……静打(セイダ)。」
それは、かつてタイジがジュニア時代に編み出した特殊な返球法。自分の体勢を一切崩さず、力も使わず、相手の回転とスピードを利用して打ち返す。
球は、ネットぎりぎりを滑るように越え、相手の足元に落ちた。
**ノータッチエース。**
骨折の源の身体が微動だにしなかった。動けなかったのではない――動こうとしたが、目が反応に追いつかなかったのだ。
沈黙が、会場を包む。
やがて、誰かがポツリと呟いた。
「……マジかよ。タイジって、あの“水城タイジ”か?」
観客席のざわめきが、一斉に歓声と罵声に変わる。
「1ポイント目、タイジ!」
審判などいない。ただ、試合を見ていた賭博胴元の男がコールする。
骨折の源は、顔を歪めながら片膝をついた。
「……おい。次は、てめぇの足を折る」
だがタイジは、ラケットを立てて口元を歪める。
「折れるもんなら、折ってみろよ。お前の魂ごと粉砕してやる」
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