第28話 与太話(よたばなし)

 

やせて好(こう)々爺(や)の山内利夫が、長い鶴首の喉仏(のどぼとけ)を上下させながらヒョイと安藤家に顔をのぞかせた。安藤家は純の自宅である。純が通う医学部まで二駅という好立地にあった。

「おはようござんした」


山内は不動産業という看板を背負ったいかにも抜け目のない鋭い目つきをしている。

年は60歳を過ぎたばかりだろうか、業界としては脂が乗りきった働きざかりの世代である。硬軟(こうなん)をあわせもった口達者(たっしゃ)で、覇気(はき)が漲(みなぎ)っていた。男気(おとこぎ)の塊(かたまり)だった。


男の臭いがプンプンする。政治や裏社会のことなどをときおり会話におりまぜる、そのテクニックが秀逸だった。そんな下世話(げせわ)な話をとりいれると内容がグッと身近になって、ゴシップ週刊誌の記事をよんでいるみたいである。


そんな風にひとりワイドシヨーを展開させるものだから、きいている側はじつに痛快でおもしろい。お笑い芸人がグランプリを戦い、優勝する舞台をみているのと同じだった。


ほとんどの者は山内の話にひきこまれた。商売の話をしにきたのか、ただの時間つぶしなのか目的がさっぱりわからない。それでも会話にメリハリがきいているものだから話の活(い)きがよい。抜群におもしろい。


そのうち相手がかってに山内のことを

『実力者なんだ』

と思いこんでくれる。

洗脳作戦だった。これはお年寄りに絶大な効果を発きした。


彼のすごいところは、それをさらりとごく自然に、しかもじつに怪しげな内容なのに、その生臭い芝居をやってのけるところにあった。


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