第18話 踏切 2

そこまでは覚えている。後の記憶がない。完全に抜け落ちている。


病院を出てすぐの四つ角にパン屋がある。

意識を失った純が、自転車をこぎながら転(ころ)げもせず、操られたまま、

まるで夢遊病者のように踏切まで手繰(たぐ)りよせられていった。


純には、まだ赤ん坊だった頃に亡くなっている姉がいた。

今までただの一度も姉のことなんて考えたことがない。


意識を失った純の頭の上に、突然姉がポンと浮かび上がってきた。

胸をドンとついた。そのときはじめてハッと気がついて、正気にかえった。


踏切の3メートル手前で純の意識が戻った。

カンカンカンと警報機がけたたましく鳴っている。

駅の方から特急電車が近づいてきていた。


目の前をゴォーとものすごい爆音をたてて、特急電車が駆け抜けていった。

シューゥッと激しい風圧が純を襲う。

重みでグワングワン、ズシンドシン踏切が揺れている。


目の前を8両編成の特急が一気に走りぬけていった。

『この電車にひかれて死ぬところだった』

純は恐怖のあまり腰が抜けた。


よろけて、自転車に乗れない。

目の前の踏切がどうしてもわたれない。

なにが起ったのか、どうしてなのかさっぱりわからない。


病院からここにくるまでの記憶がないことに、衝撃を受けていた。

ぼう然とその場に立つくす。そのまましばらくの間動けなかった。

だからといっていつまでもこんなところにはいられない。


電車にひかれて死んでいたかもしれない踏切を、

自分の足で直接またいでわたる気にはとてもなれない。

しかたなくヨロヨロ自転車を押して元きた道を引きかえした。


パン屋の角を右に曲がり、突き当りでもう一度右に曲がる。

隣の踏切までやってきた。その踏切をやっとの思いでわたった。


踏切の先の角に大きなアウトレットモールがある。

この角を右に折れ、百メートル先に件(くだん)の踏切の下手(しもて)の信号にでる。

そこを左に折れ、その先に家があった。


トボトボ自転車を押して自宅に戻っていった。

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