第15話 ダブルハイヤー 5

 それは突然の出来事だった。多くの人々がバッキンガム宮殿に目を向けていると、ビッグ・ベンから轟音が響き渡った。


 その音はビッグ・ベンの時計盤の一つが無惨にも破壊された音だった。周囲の人々は何事かと動揺し、パニックに近い状況となっていた。

 続いてあり得ない速さで壊れた時計盤から茨が伸び、ビッグ・ベンの半分以上の面積を覆ってしまった。



 この異常事態に気付いた魔法少女が呼び掛け、異変の調査と避難誘導等、各国の魔法少女達は迅速に行動を開始した。



 調査班にいたグロウスターは、ビッグ・ベンの様相を見て、ある二人の指定犯罪者が浮かんだ。

 まさかと思い呆然としていると、イギリスの魔法少女が自国の問題だからと周りの声を制して単独で突撃。

 グロウスターは、何も言うことが出来なかった。

 きっと違うと、そんなはずはないと心の中で唱えながら。














「お、お客さんだぞ、茨。」

 音もない暗がりに目を向け、悦が嬉しそうに笑う。

「あら、我が家への初の来訪者に敬意を表さなければなりませんね。

ようこそ、新しき我が屋敷へ。」

 椛は悦が見ている方向にカーテシーをする。


「これは、どういうことなの?」


 すると、戸惑いの声と共にそこから一人の少女が現れた。魔法少女名デューク・アイラは様変わりしたビッグ・ベンに困惑していた。

 グレートベルが鎮座する空間は変わり果てたように緑一色に染まっており、そこを我が物顔で居座る不遜な輩。


 困惑をすぐに振り払うように頭を動かし、警戒するように声を上げた。

「貴女達、魔法少女ね?見たところアジア圏の人かしら?これは一体どういうつもり?」

「おおー便利だなぁ。変身してりゃ、翻訳してくれるの。」

 威圧するようなアイラの声をものともせず、悦は愉快そうに笑った。

「私は別にそんな機能必要ないけれど。」

「はいはい、自慢話は後で聞くよぉー。」


 怪しい二人の気の抜けるような会話が繰り広げられている間も、アイラは訝しむように眼光を鋭くする。

「もう一度問うわ。どういうつもり?次はないわよ。」

「あら、この国の魔法少女は挨拶を返すことも出来ないのね。残念だわ。」

「普通この状況で返す方が頭沸いてるダロwww」

 右頬に手のひらを添えてやれやれとため息をつく椛と、それを見て正論をぶつけながら笑い転げる悦。

「挨拶はとても大切だと教わらなかったのね。」

 小馬鹿にしたような会話に、遂にアイラの堪忍袋の緒が切れた。

「いい加減になさい!何が目的!指示をしたのはどこの誰!?我が英国に喧嘩を売るような愚かな国なんて、すぐにでも捻り潰してあげる!」


「オヨ?…………ギャッハッハッハッハッ!」

「な………?」

 突然大声で笑い出した悦に、アイラは目を点にした。

「茨、すまねぇ!私ァもう駄目だ!笑い死にそう!今回はパスッッ!!ギャハハハハハッッッッ!」

「あら、仕方ないわね。なら折角だし、強者の余裕とはこういうものだと、魅せてあげるわ。」

「っ、相当私達を舐めているようね。いいわ!その付けあがった態度ごと、粉々にしてあげる!」


 相手はブライアと呼ばれていた。なら、この植物も彼女の授能なのだとアイラは分析し、心の底でほくそ笑んだ。

 デューク・アイラの授能は超高熱の光を操ることが出来る。触れた物を溶かす程の燦光なら、相性では有利であると判断し、先手必勝突撃をした。

 手に宿した超高熱の光を集中させ、勢いに乗せて椛の腕を掴もうとした。が、それをヒラリと避けるとニコリとしながら椛は艶やかな黒髪をなびかせると、そこらから召喚陣が現れ、無数の蔦がアイラを縛り上げた。


「っ!」

「あなた駄目ね。捕まえて話を聞こうとしたこと事態は間違っていないけれど、あのまま深くまで来られたら流石に避けられなかったからお陰で助かったわ。それと、捕まえたところで私達には無駄よ?」

「どういうっ!」

「だって私達に強力なバックとか居ないもの。全て個人の範疇よ。」

「なっ!?なら今ここで再起不能にっ!………な、なんで抜け出せない!?」

 アイラは全身に高熱を纏うが、蔦には熱が伝わっていないのか、全く変化が見られなかった。


「すごいでしょう?うちの子達は私と似てモチモチプルプル。保水保湿は完璧なのよ。」

 椛は戯れるように蔦の表面をツンツンとつついている。

「な、まるで水饅頭………って、分からねぇカ。」

「クッ………」

「あら?おイタはめ、よ?」

 アイラが密かに取り出した通信機を蔦がグシャリと潰す。

「ふん!残念だったわね!今のは壊れたら電波を発信するのよ!今にでも我らが精鋭が貴女達を拘束するに違いないわ!」

「オォオォ、急に饒舌だなァ。」

「それは無理よ?」

「何?」

「だってこの時計塔、既に私の手中だもの。自国の象徴の一つを、一体誰が攻撃できるのかしら?」

 椛は狂気じみた笑顔でアイラに迫り、吐息混じりの声でアイラに囁いた。

「っ!卑怯なっ!」

「耳に心地いいわ……っ!」

 椛が感傷に浸っていると、時計塔が揺れる。

「ありゃ?………あそっか、今イギリス以外の魔法少女もいるし、被害を押さえるために已む無くとかあるんだわナ。」

 悦がポン、と思い出したように手を叩いた。

「クッ…………大見得切った手前、屈辱だが、民のためならばどんなことでも受け入れてみせよう……たとえビッグ・ベンが壊れようと、どんな辱しめを受けようと!」

「んお?茨ァ、あれってくっころってヤツ~?」

「くっ?ん?まぁいいわ。狂、あの人見といて。私は外の対応をしてくるわ。」

「アイアイサー!こっちも楽しんでるから、椛も自由にやりなよ~。」

「えぇ、そうさせて貰うわ。その蔦は一際強力だから、狂も巻き込まれないようにね?」

「うへぇー………楽しみを磨り減らすようなこと言うなよナァ。」

 悦は呆れたように肩を落とし、椛はスキップで自分達が壊した時計盤の元へと向かった。

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