第12話 ダブルハイヤー 2

 あれから一月、遂にイギリスのバッキンガム宮殿にて、魔法少女パーティーが開催される運びとなった。

 警備にはかの有名な衛兵の他にも、世界各国の軍隊や秘密警察も配備されており、その場には独特の緊張感があった。


 そんなイベント一日目。そんな緊張感など知らないとばかりに記者や熱心なファン達は、中に入れなくてもいいと、外から魔法少女を感じようと近寄れるギリギリまで寄っているそんな姿を、ホテル高層の窓から見つめる少女がいた。


「見て?人がまるでゴミのようね。」

 日差しに照らされる艶やかな黒髪を手で流しながら恍惚の表情で笑みを浮かべた。

「……茨ヨォ、まさかそれが言いたかっただけ?」

 ちょっと待って欲しいと椛に言われて空腹を押し殺していた悦にとって、それは心底どうでもよく映った。

 今なお、悦の腹の虫がか細く鳴っている。

「あら?ダメかしら。」

「……………………ま、イイケド。じゃ、用がすんだなら飯いこうぜ。」

 悪びれもしない椛にやれやれといった様子で首を横に振った後、待ちかねたとばかりに椅子から立ち上がった。

「そうね。」

 時刻は既に10時を回っており、朝食とは言い難かったが、両名その分空腹度は高まっているようだ。

「何食いに行くんだ?」

 今回の旅の資金は全て奢ると言われている悦は、まだ見ぬ料理に唾を飲み込んだ。

「日本料理よ。」

「は?イギリスの料理じゃないのカ?」

 サラッと言われた言葉に悦は愕然とした。

「塩を振ってないせいで味のない食事を楽しみたいなら止めないわよ?ちなみに、偶に塩分百パーセントの料理もあるから気を付けなさい?」

「お、脅かすなよ……………」

「ふふ、それじゃ。」

「あ、ま、待って!私もそっち行くから!」

 悪戯っ子のように笑った椛を見て、悦は嫌な予感を感じ、直ぐ様椛を追いかけた。








「外国で食べるラーメンってのも乙なもんだナ。」

 満足そうに笑う悦を見て、椛はアルカイックスマイルで返した。

「ちなみにあれ、三千円。」

「ニョワ!?マジかよ………!」

 驚愕の値段に大口を開けて反応したその時、悦が突然すれ違った歩行者の腕を掴んだ。

「あら、ダメよ富羽さん。スリだからって腕の骨を折るつもり?」

 特に疑問を持つことなく椛が尋ねた。

「え?おぉ……そうだな、椛……ちゃん。」

 二人がぎこちなくも和やかに話している間も、悦に腕を掴まれている若い男性は、苦悶の表情で今にも尻餅をつきそうになっていた。

「本当に盗られたのかしら?」

 訝しむというよりは、確認するように椛が悦を見つめた。

「アァ、出すまでやる。」

 更に強く握ったことで観念したのか、男は震えるように声を発した。

「Sorry... Please... Let me go……………」

「あら。」

「ほら!そーりーって言ってるから認めたぞ!」

 男が懐から取り出した蝦蟇口を悦に渡す。

「古風ね。」

「っし、行け。」

 悦が力を緩めると、男は一目散に駆け足で逃げていった。


 二人はその男の背中を最後まで見つめた後、さも何事も無かったかのようにゆったりと歩き出した。

「やっぱ外国って怖いにゃ~?」

「フフフ、彼にとっては貴女が怖いでしょうけど。」

 椛にしては珍しく嬉しそうに破顔した顔を見せた。

「イヒ、自業自得だっつの。」

「それもそうね。

それじゃ、予約取っておいたから大英博物館、行くわよ。」

「うげぇ~」

「嫌がらない、貴重なものが見れるわよ?」

「見たところで、腹は膨れないし、なにも手に入らねぇしなぁ。」

「仕方ないわね……何かお土産好きなの買って上げるわよ。」

「オォ!ラッキー!」

「ハァ………庶民を操作するのって簡単でめんどくさいわね。」

「ケヘヘ!今の内に慣れとくんだナ!」


 



「そういやさ。」

「何かしら?」

 博物館に向かう途中にて、悦が思い付いたように尋ねた。

「家の護衛?メイド?みたいなのは?」

「いるわよ?」

 あっけらかんと言い放つ。

「へ?どこに?」

 すると椛は悦に近寄って小声で話し始めた。

「顔を動かさないでね?前の赤いTシャツとその隣の帽子を被った男二人組。四つ後ろにいる女性三人組。左斜め後ろにいるバス停に一人。右の建物の間から行ける裏路地に五人よ。」

「…………………すっげ。」

「元々、人の視線は気になる性分だったのだけれど、魔法少女になってから完全に把握出来るようになったわ。」

「はぁーん。だからバレてねぇのか。」

 勿論魔法少女、引いては人類の敵であるということを。

「えぇ、そうね。」

「なんかてっきり、自分に逆らうやつはいらなーい!みたいな感じで首にしてるイメージあったわ。」

「誰が、かしら。」

「ん。」

 悦が人差し指で椛を指した。

「失礼ね。将来私の手足となるんだもの、無能でない限り追い出したりなんてしないわ。」

「おーい、痛いぞー?」

 毅然とした顔で言い放ったが、身体は正直なのか、額に青筋を立てながら悦の人差し指を逆に曲げようとしていた。

「フゥー………失礼?」

「ま、イイーケド。そんなんじゃ友達出来ないぞー。」

 悦のその言葉には一切反応せず、博物館に着くまでの間、椛が悦の方を向くことはなかった。

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