第8話 フワリンキュート
チッ……チッ………チッ…………チッ…………
とある学校の授業中、内心で舌打ちをし続けながら板書をする少女が一人。
バーサークデーモンこと、富羽悦その人である。
いつも通り、姿勢正しく授業を受けてはいるものの、だらりとした前髪をよく見ると、その裏には夥しい程のシワがよっていた。
なぜ悦がここまで機嫌が悪いのか、それは三週間前のとある件で、変身が出来なくなってしまったからである。
椛との討論の末、経過を見るということになったものの、学校生活のストレスを戦いで発散させていた悦には、これ以上無い程の苦痛だった。
それに、いつもは普通を演じるために行っている髪型のアレンジも、ここ最近は疎かにしており、スタイリングオイルも付けずに寝起きの状態そのままで来ていた。
「よし、授業終わり。もうすぐテストだから勉強しろよ~?」
チャイムと共に教師が一言添えて教室を去った。
「富羽さん、大丈夫?」
「……あァ?」
「はい、カイロ。」
「………………」
「やっぱり辛いよね、これ使って。」
悦の友人が、机の上に使い捨てのカイロを置いて、心配そうに悦を見ていた。
「……………………帰るわ…」
なんとなく言わんとしていることを理解した悦は、ガチャリと椅子を鳴らして悦は鞄を持って帰路に着いた。
その後ろを、いつも悦と一緒にいる二人の少女が不安そうに見詰めていた。
「なーんか今日の富羽さん元気無かったな?いつもより暗いし、あれだとこっちも気分暗くなるよ。」
「ハァ………」
「アホノンデリ……」
「えぇ!?」
気兼ね無い一言を急に刺され、悦の隣に座っていた男子生徒は目を見開いていた。
「チッ………あァクソ………………そろそろマズイ……………恵の奴……せめて甘いもんくれよ……」
そうすればいくらかマシだったのに、そんな言葉すら口から出ない程、悦はストレスで機嫌が悪かった。
そして、破壊衝動を抑えようと下を向いていたこともあった。
それらが重なり、悦は巻き込まれた。
魔法少女と人類の敵、怪物と呼ばれるイクリプスとの戦闘に。
「フワリンさん!あれどうやって倒しますか!?」
「貴方は避けながら回復することだけ考えて!」
フワリンキュートはそう言いながら両手を掲げ、大型のイクリプスに向かって発生させた雨雲を見舞う。
しかし、イクリプスは歩を止める程度であり、倒すには至らない。
「くぅ!なら!」
フワリンキュートが人差し指を掲げると、今度は雷を呼び起こす。落ちた衝撃で周囲に突風が起こり、たまたま通りかかっていた悦は半ば吹き飛ばされるように地面を転がった。
「っ!フワリンさん!一般の方が!」
「え?…キュア!貴方はその人助けて!離脱しても良い!」
「そ、そしたらフワリンさんが!」
「行きなさい!私達は守るために戦うの!」
フワリンキュートの声に押され、キュアザワンダーは悦の元へと向かった。
「大丈夫ですか!」
「アァ?………っ、ハハハ……」
「だ、大丈夫じゃないですね!?今治療します!」
悦にとっては前にあった新人だと笑ったが、キュアザワンダーは怪我でおかしくなってしまったのだと勘違いし、自分の中でも特に強力な授能を行使した。
しかし、それが運命の分かれ目となってしまった。
キュアザワンダーの授能により、悦の外傷だけでなく、ストレスやマナの詰まりさえも回復してしまったのだ。
「ありが……っ!」
「えっと、どうしました?」
「……いえ、私は一人で歩けます。どうぞ、お戻りください。」
「で、ですが!」
「構いません、走るのは得意ですので。」
悦はそう言うと、脱兎のごとく駆け抜けていった。
「わぁ、ホントに速い…………」
「……………………………」
既に周囲の民間人は避難を終え誰もいない。
政府の目も、イクリプスに寄っているためここにはない。
そう当たりを付けた悦は、走るのを辞め天を仰いだ。
「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
それは歓喜の高笑い。
今まで溜まっていたマナが全身を巡る感覚に、悦は心底快感を覚えていた。
これが満たされることかと、許されて良いのかと確認するように徐々に徐々に全身のマナを急加速させて爆発的に増やしていった。
「イイ!イイ!イイ!イイ!イイッ!!
サイッコーダネェ!」
悦の目は充血したように赤らみ、鼻と口から体液が溢れ出ていた。
しかし、それすらも些事だとばかりに悦は全身のマナを堪能するように感じ入っている。
「…………フゥー…………………」
突然、電池が切れかのようにマナの動きを止め、深く息を吐いた。
「ケヒヒヒ、キュアザワンダー…………お前は俺の玩具に任命だァ……………」
過剰なまでに増えたマナは、悦の身体を漆黒で包み込み、変身に宝石の使用すら不要になってしまった。
漆黒の螺旋から解き放たれた悦は、今までの裾がボロボロの黒いロングコートだった衣装が、暗闇とも形容出来る程の漆黒と太陽光を反射させる銀で彩られた喪服の様な衣装へと変貌していた。
「ギャハハハハハッ!!アソボーゼェー!」
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