第7話 ラックハット 4

「ギャハハハッ!なんだぁ?今の…………っ!」


 余裕の笑みで笑っていた悦は、あることに気付いた。

 自分が纏っていたマナが消え、廃病院の前で裸体を晒していることに。

「っ!っ!クソッ!マナが流れねぇ!?アイツか……」


 地団駄を踏み、先程までいた手品師のような魔法少女が居た場所を見詰める。

「居ねぇ………逃げたか…………?いや、ならもっと早く出来たはずだ………………………………………キヒ、最期の祈り、ねぇ?

 ククククク…………ギャハハハハハハハッ!

 最高ダァ!最高ダァナ!

 てめぇを!最高の敵として認めてやるぜ!

 ラックハットォ!」



 沈みゆく太陽をバックに、一頻り大笑いをした悦は太股に巻き付けているホルスターからスマホを取り出し電話を掛けた。



「もしもし?」

『あら?ごきげんよう、富羽様。このような御時間にどうされましたか?』

 いつも以上に丁寧な口調に違和感を覚える悦。

「………家か?」

 少し声を押さえる悦。

『えぇ、今丁度海外出張される御父様のお見送りを終えたとこでしてよ。』

「………じゃ、丁度良いか。ちょっくら迎えに来てくんね?」

『はい?……おっと、失礼。口か滑ってしまいましたわ。それで?』

「ランダム転移して遊んでたら、変身出来なくなっちまった。」

『どういう?』

「知らん、感覚的にはマナが上手く通らない。使えなくなってる訳じゃねぇよ?なんか、こう………ホースを足で踏んづけてるから水がチョロっとしかでねーみてーな。」

『それを聞いて安心しましたわ。変身できないあなたに価値などありませんもの。ですが、それなら改善策はありそうですわね。』

「おう、だから頼むわ。」

『ですが……迎えにいくにしても私にメリットが………』

「ダークサイドの話、聞きたくね?」

『折角です、別荘でお泊まりと参りましょう。丁度三連休ですし。

 高野、別荘の支度を今日中に。』

 ダークサイドの言葉の後から椛の声音が一気に明るくなり、近くにいた執事であろう人物に指示を下した。

「ギャハ………ブラックゥ~。」

『私は徒歩で友人を迎えに参りますので。それでは富羽様、少々お待ちくださいまし。』

「おう、はやブチッ!

 悦が言い切る前に電話は終了の音を告げた。


「ケッ、これだから友達いな……」

「あらあらあら?」

「オォイ!速すぎだろォ!?ここはもちっと悪口言うターンダロォ!?」

「私、御約束とか知りませんの。高貴なる者ですので。」

「ギャハ!その時点で把握してて草!」

「無知より愚かなことはなくってよ?」

 椛がそう笑うと、悦の身体を綿毛が包み込み、風に流されていった。

「おぉー!」

「さ、行きますわよ。」

「あ、私の家にも寄ってくれヨ。」

「図々しいことこの上ないわね。」

「みゃははは!ケチケチなさんな!お前の車の座席に私の体液擦り付けて良いなら別ダゼェ!?」

「ハァー、変身時はまだしも、一般の装いでも関わることもありますし、ついでに服を何着か見繕って差し上げますわ。」

「ミョホー!私着せかえ人形ちゃうんすけどォー!?」

「あら、貴方外見はマトモなのだから、着飾って損はなくってよ。」

「ギャハー!でも奢りならオケー!悦ちゃんは無料が大好きでダイキラーイッ!」

「泊まりは早計だったかしら………」

 無邪気に笑う悦と顔に手を当ててやれやれとため息を付く椛であった。




















「グロウスター!只今帰還しましたっ!」

「クライムバランス、帰還完了。」


 政府が組織している魔法少女達の秘密基地。

 彼女らの身の回りの安全や生活や戦いのサポートのための拠点。

 そんな建物に次期No.1とNo.2が元気よく帰還を果たすも、オペレーションルームには沈黙が流れていた。


「皆さんどうしました?」

「私達は失敗しましたでしょうか?」

「え!じゃあやっぱバランスのアレで……!」


「いや、それは違う。」


 二人の魔法少女が慌てていると、不意に頭上から声が聞こえた。

 凛とした、その場の誰もが耳を傾けたくなるような声。


「杉田さん!」

「お疲れ様です、司令官。」


 彼女こそ、魔法少女達を管轄している最高責任者。

 杉田千奈。


「それで司令官、結局何が?」

「………そうね、貴方達はもう魔法少女のトップ。だからこそ言うわね。覚悟はある?」

「「はい。」」

 杉田の圧迫するような言葉に二人は唾を飲み込み、決意を表した。

「えぇ、良いでしょう。まず、救援依頼を出した魔法少女の生命反応が途絶えました。」

「っ!」

「………っ」

 杉田の言葉に二人の顔が強張る。

「ですが、貴方達のせいではありません。」

「じゃあ何が?」

「………………貴方達が撤退した後、バーサークデーモンは驚異的なマナを放出して貴方達を追おうとしました。

 ですが、機を伺って潜伏していた救援を出した魔法少女が二人を逃がすために力を使い果たしました。

 これが、貴方達のせいではないという理由です。」

「私達を逃がすために……囮になった………?」

「いいえ、彼女の授能は特殊でした。自身の命と引き換えに相手のマナを一時的に封印、阻害するのです。」

「っ!」

「それは………代償が余りにも………」

「えぇ、ですがそうしないと貴方達が危ないと判断したのでしょう。」

「……っ!私達はNo.1とNo.2です!撤退はしたとしても、負けることは!」

「いいえグロウスター。彼女の判断を信じなさい。」

 グロウスターの言葉に被せるように杉田が否定する。クライムバランスは、こんな司令官は見たこと無いと半ば驚いていた。

「な、何でですか…………」

「彼女は、唯一生物に宿るマナを察知することが出来るのです。」

「驚きです…………マナは本来精霊から与えられたもの。人が自分の身体に流れるマナ以外を関知できるなんて聞いたことがありません……………」

「そうでしょう。我々は貴方達、No.1とNo.2を失わなかった代わりに、唯一無二の力を持った魔法少女を失ったのです。」

「その!その魔法少女の名前は!?せめて魔法少女名だけでも……!」

「ラックハット。」

「え?」

「魔法少女ランキング三十三位、幽霊少女ラックハット。それが貴方達を助けた者の名です。」

「ラック、ハット…………」

「その名前、私の心に刻みました。心より冥福を。」

 名前を呟き、顔を俯かせるグロウスターと恭しく頭を下げたクライムバランス。

 その様子から二人のラックハットに対する想いの違いが見て取れた。

「えぇ、二人とも今日は休みなさい。回復の授能使いが見付かったから、一応行ってね。

 またいつ出動するか分からないから。」

「お心遣い感謝します。行きますよ、スター。」

「う、うん……………」

 グロウスターとクライムバランスは、足取り重くオペレーションルームを出ていった。

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