E08-03 作戦会議①
ノーラ騎士団の頂点に立つ騎士団長ロウスは、滅多なことでは動じない。
若い頃は故アドリアン大公の冒険仲間として幾多の死地をくぐり抜け、戦場では鬼神の如しと称されるロウスだが、齢も四十を超えると無鉄砲さは鳴りをひそめ、今では厳しくも温かな眼差しで後進を導く良き指導者でもあった。
温厚な人格で知られるロウスが、いま、机を叩きそうな勢いで声を上げた。
「……私は反対します!エルシア殿下がわざわざ敵国へ赴くなど、みすみす罠にはまりに行くようなものではありませんか!」
ノーラ本宮の戦略会議室は緊迫した空気に包まれていた。
集まっているのは、次期大公エル、王配予定のレイヴ、宰相カシアン、魔術師団長ゼノ、そしてロウスである。
中央の長机には、エルが出席するというモルテヴィアの夜会に関する情報が並べられていた。
「敵の本拠地である以上、殿下の身に危険が及ぶ可能性が高い。殿下の実力は重々承知しておりますが、それでも、御身になにかあれば取り返しがつかない……!」
「……俺も同じ意見っす」
ゼノが珍しく真面目な声で呟いた。
普段なら軽口を叩く場面でも、今回ばかりは表情が硬かった。
「夜会なんていっても、要するに呼び出しじゃないっすか? おとなしく出ていって、毒でも盛られたらどうするんですか!」
「ですが外交的には有効な策ではあります」
カシアンが冷静に言った。
「エルシア殿下は来春に戴冠式を予定しています。ご存じのとおり、殿下の出自について、保守派や敵国は好き放題に物申しています。ガロ辺境伯のご尽力で国内の論調はかなり和らいでいますが……」
カシアンは机上の資料を指先で押さえた。
「
「つまり、もう公国の顔はこの二人ですよって、既成事実を作るってことっすか?」
「その通りです。内と外、両方への牽制ができますからね。宰相としての意見になりますが、やはりこの場は逃せないかと」
「なるほど……宰相殿のご意見には一理あります。しかし、それでも相手はあのモルテヴィア。……一歩間違えば戦になることもあり得ます……!どうかご再考を!」
「……だとよ。どうする?」
それまで黙っていたレイヴが静かに問いかけると、エルが立ち上がった。
「行くよ。これだけ挑発してくるってことは、何か目的があるってことだもんね。対外的にも、ノーラの立ち位置を見せる好機だよね? もちろん、準備は万全にするよ。なんたって、こっちにはすごい護衛がついてるんだから」
「殿下、レイヴどのは確かに大陸最強の魔術師と名高いですが、それだけでは……!」
「団長さん、違う違う。もちろん魔術師さんの力は頼りにしてるけど、それだけじゃないの」
ロウスが眉をひそめた、その時だった。
風のように扉が開き、二人の人物が室内に滑り込んできた。
一人は緑の髪を肩で切り揃えた少年のような姿。
もう一人は、光沢ある青の髪を持つ中性的な若者。
歯車のような回転機構が、二人の瞳の奥で光を帯びている。
「ごきげんよう、人間諸君!ぼくはアンです!エルの頼みで来ました! あ、もしかして、ちょい登場が早かった?ごめ〜ん!」
「フィリオンと申します。
強烈なマナの波動に、ロウスは思わず立ち上がり、剣の柄に手をかけていた。
自分の膝がわずかに震えていることに気づき、その事実にぞっとする。
団長の名を掲げて以来、人前で動揺したことなど片手で数えるほどだというのに。
「……エルシア殿下、レイヴどの、この者たちは、いったい……!?」
「紹介するね、アンとフォリオン。二人は、
「おっ、
「ひどいなぁ〜、えーっと騎士団長さん?魔術の素養はそれほどないみたいだけど、マナの検知くらいはできてるみたいだねぇ〜」
緑色の髪の子供が可愛くむくれる。
ロウスは思わず喘いでいた。
彼の知る
カシアンはすでに面識があるようで、若干青い顔をしているものの、二人に小さく頷きを返した。
だがその横で、もっとわかりやすく固まっていのは魔術師団長のゼノだった。
「え……あ、あ……な、なんで動いて……しゃべって……うそ、嘘っす、こんなの……」
ゼノの顔面は蒼白である。
視線がアンとフィリオンの間を行き来し、そのままがくりと膝をついて座り込んだ。
レイヴが助け起こす。
「ゼノ!しっかりしろ」
「あらら。このひとは魔術師団長かぁ。魔術師って知識があるぶん、ぼくらの存在が非論理的すぎて脳が事実を処理しきれないかもしれないね!」
「ふぅむ。これはやや深刻ですね。回路の再接続を試みましょうか?」
「やめろ。ゼノの反応がむしろ正常なんだからな」
「……学習しました」
「……こっ、これが
ゼノの灰色の瞳が見開かれたまま震える。
「自我を持ち、自律的に行動し、感情の模倣すら可能……!?マナの発生源は
「お〜師団長さんやるじゃん。ぼくたちを分析する気?」
アンが楽しげに言うと、フィリオンの瞳の中で、歯車に似た機構がくるりと回転した。
「我々は高位霊素を擬似感情層に落とし込んで外界認識を多層的に再構成しその際発生する霊的余剰を核に蓄積して思考指向を形成しています魔核は霊素変換炉と接続網により階層的に分離されておりこれは従来の魂写し理論における非物質的記憶格納と意思分化の融合であり結果的に同期型でなく非同期的な内部矛盾を許容した状態遷移型に至っておりつまり論理の外側で曖昧な判断が可能になるよう設計されているのです」
「うーん、ぼくはよくわかんないけど〜。まとめるとちょっとだけ人間っぽくなってるってこと〜!」
「……ああ、なんてことですかこれ!俺、一生この子たちと議論してたいっす……!!こんなの神の所業ですよ!!どうやって、いったい、どこから……!?」
頭を抱えたゼノがの問いかけはほとんど支離滅裂だったが、正しく理解したエルがさらに爆弾を落とす。
「アンとフィリオンは下の城でわたしが作ったの」
「…………!!」
それこそ目の前に稲妻が落ちたようだった。
ゼノは魚のように口をぱくぱくさせると、やがて喘ぐように言った。
「エルさまは……本物の天才っす……。下の城って、あのマナの渦みたいな場所のことっすよね……!?俺はほんの入り口までしかたどり着けなかった……」
そのまま倒れ込みそうになるゼノを、レイヴとロウスがなんとか椅子に座らせてやった。
「師団長さん……大丈夫?」
「ええ……俺のことは気にしないでください。魔術の深淵に行き着くまでにははるか遠い道のりがあるということがわかっただけっすから……」
会議室の空気がようやく落ち着いたころ、エルは本題に入った。
「わたしと魔術師さんがモルテヴィアの夜会に出席するときに、アンとフィリオンも同行させたいんだけど……いい?」
その言葉に、ロウスとゼノは声をそろえた。
「「絶対に反対です!!」」
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