第3話 俺の秘密と最後の願い

「何者だ!」


 カィシス様の鋭い調子の声に、慌ててあたりを見渡すと、俺がいたところに短剣が突き刺さっていた。襲撃か。

 本来俺は、カィシス様の護衛のはずなのに、かばわれるとは情けの無い話だ。

 腰元の曲刀を引き抜き構えれば、砂の上に襲撃者たちの影が見える。カィシス様の加護のおかげで、俺にファルカ族の砂隠れの術は効かない。

 バレイア族には水中でも呼吸が出来ることと、治癒能力を少しばかり高める術を持っている。どちらも戦闘向けの術ではない。

 砂の民の術は、カィシス様の水が流してくれる。あとは俺が戦うだけだ。


「何の用だ」


 一人二人と襲撃者を倒し、残った一人に曲刀を首に突きつければ、そいつの顔が憎々し気に歪む。

 どうしてそんな顔をする。俺達から故郷の海を奪ったのは貴様らだというのに。


「バレイア、そうだ、お前……お前らのせいで俺たちの住処は! どうして海の民が、海の上の……俺たちの住処を奪っていく!?」


 突きつけられた曲刀など目に入っていないかのように飛び掛かってくる奴の言うことはもはや支離滅裂だった。

 追い詰められた獣とでも言うのか、少々手こずった俺は鎖骨あたりを斬られるも、そいつを倒す。情報を聞き出せなかったせいで気味の悪さが残るが、カィシス様を守れたので良かったとしよう。

 本来俺は、戦いには向いていない。俺は、というより俺の部族は、か。本来、穏やかで戦いを忌避する部族。そのはずであるのに、俺は今刀を手に持ち、その刀身を血で染めている。

 俺が心の底から憎むファルカ族と同じことをしていることに、嫌悪感がありつつも、俺は俺の目的を果たすためにそうするしかない。悔しさと焦燥のようなものがずっと心の中でくすぶり続けている。


「……お前、怪我を」

「大きなものではございません」

「ウィーロ」


 咎めるように名前を呼ばれる。嗚呼、こうやってずっと貴方に名前を呼ばれていたい。


「大丈夫、ですから」


 大丈夫、なんかではない。俺の体はもうずっと痛い。たった今斬られる前からずっとずっと。

 カィシス様。俺らの、俺の、唯一の希望。

 これだけ長くお側にいれば、少しはお気づきでしょう。俺がもう、バレイア人というにはおかしくなってしまっていることを。

 バレイアの民は戦いを好まない。それはあの故郷の海でしか暮らせないから。その海が枯れ果てた今、俺が地上にいることはできない。

 滅んだ今、同朋が惨殺される中、貴方を守る命を受けた俺が、長老に命じられて飲み込んだのは、砂漠の石。それは俺を地上で生かす代わりに、もう二度と故郷の海に戻れなくする劇薬。


 ――だから俺の寿命は、貴方に海をお還しするその時まで。


 願いを叶えるのに代償は不可欠。だけどどうか、カィシス様には全てが叶うまで何も知らないままでいて欲しい。

 貴方はきっとおかしいと思っているでしょう。俺達とは違い、貴方は海の外でも存在することはできる。なんせ貴方は神様だから。

 俺は違う。本来は存在できない。それを無理やり捻じ曲げて、苦痛とともに貴方の隣にいる。例え、気づいてしまっていたとしても。

 お願いだ。どうか貴方は俺が苦しみながら貴方のそばにいることを、ずっと知らないままでいてくれ。

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