閑話4:竜の塔②


 さっそく、シグリードにアレクが黙認してくれることを伝えると、彼は小さくため息をついた。

 やがて、目を細めると淡く微笑む。

 

「……アイツもたいがい、お前に甘いな」


 そう呟くと、シグリードは壁に立てかけてあった、車のタイヤほどの大きさの煤けた鉄製の輪を持ち上げた。

 以前、彼につけられていた足枷だ。

 あのときは鈴のような音を立てて割れたけれど、こうして見ると、すごくゴツい。竜につけられていたのだから、当然と言えば当然だけれど。

 けれど、シグリードは軽々と持って、餌が投げ入れられる窓の下――私が入ってくる扉とは正反対の位置へと歩いて立ち止まる。

 そして、その足枷を持ち上げると、グッと壁に押し込んだ。最初は、何をやっているのだろうと思ったけれど、よく見れば、壁には溝のようなものが刻まれている。


 ぐぐ、と押し込むと、カチリと小さな音がした。

 すると、その足枷に光のラインが幾重にも走った。まるで複雑な術式を読み込むかのようで、一体なにが起きたのかと息を呑む。


「わっ!」

 

 今度は、鉄格子のほうが震えだしたので、思わず声が出てしまった。

 鳴動して小刻みに振動している様は、ちょっと怖い。

 そうして振動が全体に広がり、足枷の光が消えたと同時に、鉄格子の揺れも静まる。足枷と壁は一体になった。


「なるほど、こうなるのか。さすが――いや、あの女のことだ……」


 ぶつぶつと呟きながら戻ってきたシグリードは、鉄格子越しに私の前へ立つ。

 何をしたんだろう、と問いかけようと口を開きかけたけれど、じっと見つめられると言葉に詰まってしまった。

 視線をそらすように彼の脇から、先ほどの足枷のほうを見やる。

 稼働音のような響きはないけれど、特別なことが起きたのは間違いない。少しだけ、ドキドキしてきた。

 

 一方、シグリードは鉄格子を握りしめる。

 そして――カーテンでも開くように、横へ引いた。

 

 ぐにゃん。


 まるで、ゴムみたいに弛緩して、鉄格子の間が大きく開いた。


 「っと」


 彼はその隙間から足を出すと、ゆっくりと身体を抜き出す。

 そして、目の前に――――檻の外にシグリードが立った。

 思わずつま先から、頭のてっぺんまで見上げて、呆気にとられる。


「……えっ、えぇ……?」


 どういうこと?


 目の前で起きたことに頭が追い付かず固まってしまう。

 シグリードは、ぐにゃぐにゃと曲がる鉄格子の感触を確かめながら頷いている。


「えっと、あの、シグリード?」


「あぁ、悪い。おおざっぱなくせに、意外とこういう仕掛けも考えていたのかと驚いただけだ」


「……そうじゃなくて」


「ん?」


 感動的な何かを望んだわけじゃないけれど、あっさり檻から出られた事実に、どう反応して良いかわからなくて困ってしまう。

 キチンと説明してほしい、と思ったところで、シグリードが笑って私の頭をそっと撫でた。


「ハルカ」


 名前を呼ばれるだけで、胸の奥が熱くなる。

 淡い日の光が差し込む。

 初めて“外側”で彼と向き合えたように感じた。




 *



 さすがに説明が欲しかったので、私の部屋に来てもらうことにした。

 自分の部屋に男性がいることに、ほんの少しだけ違和感を覚える。そういえば、生きてきた中でも初めてかもしれない。

 机を挟んで向かい合うと、落ち着かない。それどころか、すごく、心臓に悪い。

 

 そう、シグリードもアレクとは違う方向性のイケメンだ。

 

 アレクに関しては、アイドル系なので見慣れているといったらおこがましいんだけど、多少の抵抗力はある。

 けれど、シグリードは、薄手のシャツからわかるくらい筋肉質で、がっしりしている。加えて、彫り深い顔立ちと白銀の髪が絶妙に合っていて、神秘的でありながら竜そのもののような強さが感じられる。つまり、とんでもない美丈夫なのだ。

 今まで格子越しだったから、安心して話すことができていたけれど、これじゃ変な意味で安心できなくなってしまった。


(うぅ……慣れるっきゃない)


 今更、何を恥ずかしかっているのか、自分でもバカバカしいくらいだ。

 でもやっぱり、格子越しと素面で話すのとじゃ、全然違う。

 自分で檻の外に出てほしいといっておきながら、この体たらくは情けない。


「さて、どこから説明するか……ハルカ、マルタエルことは覚えているな」


「う、うん」


「あの女の魔力量も術式構築技術は並外れていてな。この塔も足枷も、マルタエルが作ったんだ」


「そうなの!?」


 言われると確かに納得できるところがある。

 シグリードが守護竜になったとはいえ、住む場所や足枷のことを考えると、それ相応の技術が求められる。鉄格子は、魔鉄で出来ていると言われてたから、塔自体が特別なんだろう。

 

「守護竜とはいえ、足枷がついていたのは危険視されていた証だ。しかし……国難のとき、竜が檻に閉じ込められていたら困るだろう?」


「確かに! えっ、じゃあ、もしかして最初から檻から出れるって知ってたの?」


「緊急事態用にな。足枷を“鍵”として溝に嵌める。ただ……外れていた場合、効果を発揮するか懸念はあった」


「え、でも、最初からわかってたみたいだったよ?」


 アレクから黙認してくれる話を聞いてから、すぐにシグリードは行動に移してくれた。

 まるで、待っていたかのように。


「……お前に、塔から出ないか?と言われてたときから、可能性を探っていただけだ」


「それって……」


 少し気恥しそうにシグリードは顔を背ける。

 ずっと檻の中にいてもいい、と思っていたのに、私の気持ちを汲んでくれたことが何よりも嬉しい。


「ありがとう」


 こうして、ドルガスア竜王国の守護竜は、地に足をつけて歩むこととなった。



 *



 自由に出入りできるようになったと、アレクに教えたところ、ななぜか竜の塔と私の部屋の扉に“鍵”を取り付けられた。寝るときは必ず施錠するようにと言われたけれど、イマイチ理由がわからない。


 さらに、シグリードには魔法維持の腕輪が渡された。

 これは人型で居やすくするためのもので、魔法演出の応用から生まれたものだ。その黒茶の腕輪には、術式が刻まれている。私の瞳の色を彷彿とさせて、少しだけ嬉しかったことは内緒だ。


 こうして――シグリードとの日々は、静かに、しかし確かに変わり始めた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お飾り聖女、光の魔法使いに転職します! 綾野あや @Aya_kura25

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画