第4話ゲームクリア
結論から言うと私は途中で寝落ちした。昼の12時になろうという頃、さすがに私は限界を迎えていて、気づいたら早瀬の部屋の床で落ちていた。
起きると夕方の5時過ぎ。日差しが赤い夕暮れに変わっていた。
何をやっているんだろう私は。
と一瞬正気に戻ったのもつかのま、まだ物語を見届けていないことに気づいた。目をテレビ画面に戻すと、そこではどこか見慣れぬ街で武装した兵士が銃撃戦をしていた。
外国の街。治安の悪いスラム街。そんな印象だった。
画面に見入っていた早瀬は私に気づくと、おはようございますと挨拶をした。とりあえず朝か夕方か分からない挨拶を返すと、私の怪訝な目に、早瀬は思い出したように言った。なだめるように私を安心させようという姿勢が伝わってきた。私は少し笑ってしまった。
「大丈夫ですよ。石原さんにちゃんとエンディングを迎えてもらえるように、ゲームは途中でセーブしてストップしてますから。これ最近ハマっている海外のクライムゲームなんです。
……って、なに笑ってるんです?」
この子はそもそも寝たんだろうか。
本当に元気だ。
それから朝ごはんか夜ごはんかもわからない食事をして、体も頭も目覚めて20時。私たちはゲームを再開した。
ジース戦記セカンド。前作ジースは内乱によってエリック王子のお父様、レオン王が命を落としたところで終わった。
今作セカンドでは、エリック王子が若くして王位に立ち、それをヨセフとシエル、従者レオナが共に支えていくというところから物語は始まった。
隣国であり敵対国アセム王国が機に乗じて攻めてくる展開に入り、さらには内乱で暗躍し、エリック王子を攫った殺し屋組織も引き続き関わってくる。早瀬によるとこの殺し屋組織はさらに続く次作の主役級の敵対組織ではあるものの今作ではまだそれほど目立たないらしい。
ヨセフ、シエル、エリック、レオナ。そして彼らが前作の冒険の途中で関わったキャラクターを巻き込み、物語はジース再建。内乱の後、新たなる国家元首エリックがアセム王国との同盟を結ぶところで物語は綺麗に幕を閉じた。
ヨセフとシエル。最初は脆い剣と、銃を携え、数限りない魔法で旅だった二人だったが、最終的には王宮公認の数少ない名誉冒険者として認められるに至った。
長い旅だった。仲間もできた。
一日と一晩がかりで壮大なRPGストーリーを攻略した。
全部終えた頃には早瀬の部屋で私は2回目の朝日を迎えて心地穏やかな気分で眠りに落ちた。
昼過ぎに起きて、私たちは昼ごはんを食べた。
お風呂も入ってなかったし、着替えたかった。ゲームをぷっ続けで飛ばした分、抜いてきたお風呂や着替えがあったから、近くのコンビニで急拵えの下着を買ったりした。自分以外の人の部屋のお風呂を借りるなんて何年振りだったろうか。
頭の中ではしばらくゲームのストーリーが流れていた。ぷっ続けてやったせいか、後から色々と魅力的だったシーンを思い出して涙ぐんだりニヤついたり。側から見たら情緒不安定だ。
夜、早瀬と一緒に食事をしながらジース戦記で気になったところの話をしていると早瀬が言った。
「楽しんでもらえたようで何よりです。ジース戦記は知る人ぞ知る不朽の名作なのですが、知名度は小さいもので。でもゲームにあまり馴染みがない人でも楽しめる工夫が随所にされているんです」
その通りで、難しい戦闘もなく、基本は一回一回のプレイを考えでやれるようなゆったりとしたターン制の設計になっていた。基本はポケモンバトルみたいな感じで私でもついていけるゲームだった。
とはいえ、たまに休憩中に早瀬が一人でやっていたゲームを見ていると、そこで繰り広げられているのは間髪入れない殺し合い。目と手を休める暇がなさそうで見ているだけで緊張した。
早瀬の部屋を改めて眺めてみると、部屋の壁半分はゲームソフトや本で埋まっている。これだけのゲームをやっているからこそ、早瀬にとって、私とやったジース戦記も、一人でやっていたゲームも、ゲームはゲームでありそこに特別な区別はないのだろうか。
だが、その特色ある棚一面のゲームと、テレビや、ゲーム機器一式を除けば、早瀬の部屋は意外と無地の壁にカーテンといったシンプルな部屋だった。というか、ゲームの存在感が大きすぎるのだ。
棚一面に並べられたゲームを見ていると目がチカチカしてくる。
「早瀬はゲームならなんだってやるの?
この部屋のゲームは全部クリアしたのよね?」
すると早瀬は若干苦笑いしながら言った。
「全部ではないんですよ。実際ちらほらと、買っただけでやってないゲームもあるんです。あとは途中で投げ出したゲームとかも。
読書が好きな人の積読みたいな感じです」
早瀬にもそんな途中で投げ出すようなゲームがあるのか。にわかには信じられなかった。
「たとえばどんなゲームが途中リタイアしたの?」
そう言われて、早瀬は縦横無尽に並べられたゲーム棚を眺める。私には難読パズルにしか見えない光景だ。
「これ、ですかね」
早瀬から渡されたそれは、たぶんホラーゲームだった。見るからに血生臭いイラストだった。
「これ、クリアできなかった原因は?」
怖かったから。とかいう小学生のような回答を一瞬頭に浮かべたが、返ってきた答えは意外にもゲーマーらしくないものだった。
「クソゲーなんですよ。中古屋で安く売っていたゲームで、なんの気の迷いか買ってみてやったんですけど、セーブが効かない制限時間付きの脱出ゲームで、しかも初手からいきなりゾンビと戦わせられて、いきなり襲ってきて、初手1秒で何が起こったかもわからないデッドエンド。チュートリアルとかも一切なし。そんなことを繰り返し、ようやくゾンピをクリアしてスタートしたと思ったら、最初の部屋を出た途端に落とし穴ドボンのデッドエンド。
いやいや、こんな程度でクリアを諦めてたまるかと思って格闘してたんですけど、気づいたら最後、ムカついて電源落としてました。
数えきれないほどのリセット。
もうクリアする気も起きません」
早瀬は悪夢でも思い出しているかのように語った。
そうして私は早瀬の部屋を出た。2日間のゲーム生活を終えた。帰り際、夜道を振り返って早瀬のアパートを見つめていると、なんだか異世界にでも行っていたような気分になった。私と早瀬はおそらく性格も正反対だ。真面目でどこか不器用。早瀬はきっと色々とそつなくこなせて、効率よく捗らせる。裏の顔がゲーマーなのを知っているのは、案外社内にもちらほらといそうだが、おそらくここまでとは思っていないだろう。
早瀬は今夜もゲームをやっているだろう。今日は何時に寝るのだろうか。私はちょうどよく眠気も出てきて帰ったらすんなりと眠れそうだった。
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