第3話 のめりこむ
私は迷っていた。
目の前の画面の中には優れた容姿の男がいて、私は食事に誘われていた。
選択肢は、「誘われる/断る」
私の頭の中では既に断る一択になっていた。
だって男と二人で食事とかめんどくさ......
しかし私のそんな思いをよそに隣でゲームを観戦している早瀬は私を食事イベントに進ませようと躍起になっていた。
「なにやってるんですか、石原さん! 上じゃない、下です!」
私は反射的に下にある断るボタンにカーソルを合わせていた。それを止めに入っている早瀬だった。
「私、別に食事とか行きたくないわ」
「それじゃ日常ルートまっしぐらじゃないですか!」
いいじゃないか。日常は平和が一番だ。下手に男と食事なんてしたら後が面倒くさそうだ。
私はしぶしぶと誘われる選択をする。早瀬は満足そうな顔をした。
次々に現れるイベントに対して早瀬はおよそ私とは真逆の選択肢を指示してくる。そしてイケメンキャラはどんどん私に好意を寄せていった。
あ、いや、私にではなく、プレイヤーである主人公に対して。だから、この顔の見えない主人公はどんな見た目をしているのだろうか。さぞや端麗な容姿に違いない。
そんな疑問を早瀬にぶつけてみると、早瀬は冷たい目を私にちらと向けてからすぐに画面に戻った。
「いいですか。石原さん。可愛い女子だから多くの男が言い寄ってくる。そんな現実的な設定はここには存在しません。
ここにあるのは、モテる運命にある人生。それだけです。
さっさと落としますよ。そんで次のゲームに行くんです」
私は言われるままに行動して、意中のイケメンを見事に落とした。交際成功だ。
「さ、次はこれです」
早瀬はそう言って次のソフトを取り出した。
可愛いくて元気そうな女の子と、控えめでどこか大人しめの男の子がツーショットで写っているイラストが描かれたケースを見せる。
先ほどまでやっていた乙女ゲームのソフトはそそくさとケースに戻される。なんかあっけない。
時刻はまだ12時を少し過ぎたところだった。
つまり先ほどまでのゲームは2時間ほどプレイしたことになる。
短い恋愛だった。
早瀬は終わったゲームを棚に戻した後、次のゲームを起動した。
次のゲームは異世界冒険ファンタジーといったジャンルだった。武器と魔法を駆使してストーリーを進めていく、いわゆるRPGゲームのようだった。
「これ、結構長いんじゃない?」
「大丈夫です。夜は長いですから」
そういう意味じゃない。
物語は王道を汲んでいた。主人公は幼馴染の二人。男の子ヨハンと女の子シエル。はじまりの街らしきふたりの故郷からはじまり、弱い敵を片付けながらその街のボスを打ち倒し、王都を目指すというものだった。なんていうか、3時になったところで私たちは7つある街のうちの3つまで到達した。1時間に街を一つ攻略するペースだった。
なんて隣にはゲームというゲームをおそらく制覇しているであろう早瀬がいる。私が迷いそうな場面になると逐一正確な指示を出し、遅滞なくイベントを打破していく。頭の中に攻略本でも入っているのかと思うほどだ。というかたぶん一回か二回クリアしているのかもしれない。
「あなたこれ何回プレイしたの?」
「いちいち数えてません。そんなことよりこっからストーリーが動きますよ。このゲームは序盤こそ陳腐な普通のストーリーになっていますが、後半に近づくにつれて人間関係がグイッと交錯してくるんです」
目を輝かせて訊いてくる早瀬だ。私にはまだ幼馴染の2人が一緒に旅を始めて三つの街にやってきたというストーリーしかわかっていない。
なるほど。だからこの温度差なのか。
突如として引き裂かれる幼馴染二人。
三つ目の街で出会った少年エリックが、我が国の王子様だったことが判明する。どうやら謀反の冤罪をかけられて従者レオナと共に一時王都から逃亡してきていたというシナリオだ。それが三つ目の街のストーリー後半で明らかになる。
シエルとヨハンはエリック王子に協力していたが、ストーリー後半、二人はエリック王子誘拐に巻き込まれ、敵の手によって引き裂かれてしまう。
こうした展開を経て、冒険はシエルとエリック王子、ヨハンと従者はレオナの二つに別れていく。王子とシエル、連れ去られた二人の行方をヨハンとレオナが追いかけるというストーリーになっていった。
なるほど。たしかにこの展開は、ついつい見入ってしまう。性別の分け方も作為的だ。
そんなこんなで私と早瀬はストーリーを追いかけていく。詰まったら早瀬の指示に従う。もはやつまづいている時間はどこにもない。
そして離れ離れになった主人公二人は、ついに王都で再会を果たす。
ようやく大団円。ゲームクリア。
なんていう簡単なシナリオで幕を下ろすほどこのゲームは優しくなかった。王都ではすでに敵一味によるクーデターが始まっていたのだ。国中を巻き込んだ内乱に二人は巻き込まれていくことになる。
ここまでが物語の前半だ。
そして物語は、二つ目のソフトに引き継がれることになる。
なんてズルいマーケティングだ。
続きはセカンドへ!
窓からは朝日が差し込んできていた。
なんてオチを朝の7時に見せられ、私は絶句した。既に慣れている早瀬は、さ、こっからが本番ですよ!と力のみなぎった目を私に向けた。
そして私たちはすでに早瀬の部屋にあった二つ目のソフトのケースに手を伸ばした…。
ここまでくると私の脳は細かいことなどどうでとよくなってきていた。
なぜなら、私には二人の行く末を見届ける義務があるのだから……。
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