第4話
屋敷を出て、裏庭に向かう。私の屋敷内で納屋と言われる場所は、庭の片隅にあるオンボロの建物だ。今まで殆ど用もなく、入ったことのない納屋の中は、思った以上にひどい有様だった。ホコリだらけで、暗闇の中でもそこら中が真っ白なのが分かる。歩くと顔に蜘蛛の巣がついで、驚いて暴れた拍子に体勢を崩し、堅い荷物の中に倒れ込んだ。体中が痛む、ホコリで噎せて呼吸ができない。こんなところで寝るくらいなら、庭で寝た方がマシだ。のろのろと起き上がり、手探りでドアを見つけ、開いた。
「あ…」
納屋を出ると、私がさっきまで居たはずの屋敷の明かりが見えた。
唯一光が灯るのは二階の角部屋は私の部屋。ロウソクの灯りが灯り、楽しそうな声が聞こえる。お父様やお母様はこの時間に寝るはずもないから、きっと私の部屋でリミスと三人で居るのだろう。これからはリミスが聖女となるのだ。となれば、父と母の期待は彼女にすべて向くことになる。そして、彼女は魔法の勉強を本格的にすることになるのだ。
だが、私はあんなに楽しく両親と話したことはない。私に期待をかけていたが、それは私の「聖女」としての可能性にであって、私自身にではなかった。部屋にある聖属性魔法についての文献も、押しつけられるようにして読み、毎日練習し続けた。だがそれも、これからはリミスのものになる。
「あは…ははは…」
自嘲した笑いがこみあげたその時だ。
ロウソクの穏やかな灯りが漏れていた部屋の窓が、突如として強烈な白色に発光し、私の居る庭の隅までを太陽のように照らし出した。その光を浴びた途端、先ほど叩かれた頬の、ぶつけた頭の、転んで打った全身の痛みという痛みが引いていくのが分かった。
「聖なる癒し…」
第一級聖魔法に分類されるそれは、通常、一人ずつ治癒するはずの3級治癒魔法と同等の治癒力を保ったまま、大規模にその力を及ぼすものとされている。誰でも使えるものではなく、ある程度の僧や熟練の冒険者で使える者でも気軽に使うには骨が折れるそうだ。
更に、習得まで時間がかかる。才能ある者が魔力操作技術を磨き、血反吐を吐くような魔力向上の末に10年近くかけて可能になるものだ。だから、町に常駐する普通の治癒術者などそもそも習得しようとしない。
だが、今の光はここまで届き、間違いなく私の傷を癒やした。我が妹は魔術を殆ど習ったことがないはずだったが…。
「…やった、やったぞう!よくやった!」
「ああ、リミス…!あなたって子は…なんて素晴らしいのかしら…」
両親の歓声が聞こえた。魔術を使えない二人にも、この凄さは流石に分かるらしい。何度練習しても初級の治癒魔法さえ使えなかった娘をずっと見てきたのだ、さぞ驚いたことだろう。
「あははは…」
私は12年間、何をしていたんだろう。毎日勉強して、特訓して、その果てにあったものはなんだ?
私は、何のために生きているんだ?
右手に走る回路を意識する。体の奥から湧き出る力を感じ、それが回路を通って体内を巡っていくのを思う。
「境界なる者。春より出でて冬に還る者。我が手に常世なる力を、なれの傷を癒やしたまえーー
擦り切れるほど口にした詠唱。初めて本で読んだ日から忘れたことはない。
私の魔力路は途切れていない。詠唱も正確だ。だというのに、豆粒ほどの魔力光も発生しない。
分かっている。あんなに努力して出来なかったのだ、今日だって出来るはずがない。
「うぅ………ふぅ、うぐ…」
分かっているはずなのに、私は顔が歪むのを押さえられなかった。庭の隅で、誰にも見つからないまま、私は声を押し殺して泣いていた。
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