第3話 再び夢で
昼間の光の下でも、心の奥でずっとあの人を探してしまう自分がいる。
忘れようと思うほど、指先に残るぬくもりを思い出してしまう。
本当は現実を選ばなきゃいけないのに。
わかってるのに。
⸻
夕方
バイトが終わる頃、空が薄いオレンジに染まっていた。
街を歩く人たちの笑い声がやけに遠くに聞こえる。
スマホを取り出すと、いつも通り彼からのLINEが届いていた。
「無理してない?今日も頑張ったね。」
既読をつける指が止まる。
胸の奥に、うっすらと罪悪感が湧いてくる。
彼のこと、好きじゃないわけじゃないのに。
なのに、返事をすぐに打てない自分が情けなかった。
バッグにスマホをしまい込んで、ひとり深呼吸した。
⸻
家に帰ると思わずソファに倒れ込む。
カーテンの向こうはすっかり夜で街灯の明かりがぼんやり部屋を照らしていた。
ソファの感触に身を預けるとまたあの人が隣にいた夢を思い出す。
「あーあ…。」
目を閉じた。
見たいのは、現実じゃなく夢の続きをだった。
⸻
夢の中で
私はまたあの部屋にいた。
今度はソファではなく、テーブルを挟んで向かい合っていた。
向かいにいる彼は、リラックスした部屋着姿で、いつもの優しい表情を浮かべていた。
「また来てくれたんだ」
不意にそう言われて、私はハッとした。
夢の中で、彼が私に話しかけている。
それが嬉しくて、胸が熱くなる。
「…うん」
それしか答えられなかった。
本当はもっとたくさん話したいのに、言葉がうまく出てこない。
「そっちは最近どうしてるの?」
彼がカップを両手で包みながら、ふっと笑った。
その笑い方が現実のときと同じで、どうしようもなく懐かしかった。
「…うまくやってるよ」
私は苦笑しながら言った。
嘘じゃない。
でも、全部本当でもない。
彼がじっと私の目を見る。
その視線を受け止めるだけで、心臓が痛くなる。
「顔、疲れてる。」
「そうかな。」
「無理してんじゃない?」
ゆっくりした声で、彼が言う。
その声に、涙がこみあげた。
現実でも誰にも見せられない弱さを、夢の中の私はつい見せてしまう。
「なんかね…陸玖さんに会うと、泣きたくなる。」
言葉にしてしまった瞬間自分でも驚いた。
言わないつもりだったのに、口から勝手にこぼれてしまった。
彼はほんの少し笑った。
そしてゆっくり立ち上がるとテーブルを回り込んで私の隣に座った。
「泣いてもいいよ」
大きな手がそっと私の頬に触れる。
指先が熱を帯びていて、それだけで心が溶けそうだった。
「泣かないよ」
震えた声でそう言うと彼は私を抱き寄せた。
背中にまわる腕の強さが夢とは思えないほどリアルだった。
「帰りたくない…」
気づくと私がそう呟いていた。
現実では絶対言えない言葉。
でも夢の中の私は、少しだけ正直だった。
「じゃあもう少しいたら?」
彼の声が低く落ちる。
その響きに胸がじんわり熱くなる。
私がうなずくと彼がゆっくり顔を近づけた。
息がかかる距離で、私の瞳をのぞき込む。
またキスされる
そう思ってギュッと目を瞑ると期待していた感触は来ず、目を開けると現実に戻ってきていた。
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