第12話。奈波と乾杯
夜の街。私は
「ちょっ、澪音どこまで行くの?」
「行けるとこまで」
ライブが終わった後なのに、どうしてこんなにも元気なのか。私は送れないように必死に澪音について行く。
ただ、澪音の言葉は少しだけおおげさだと思った。色々な店が並ぶ通り。普段なら足を運ぶような場所じゃないけど、澪音は建物の一つに足を向けた。
澪音は私と手を繋いだまま建物内の階段を登って行く。建物にはいくつか店が入ってるから、そのどれかに澪音が行くつもりなのはわかった。
「ここって……」
だけど、澪音が立ち止まったのは、階段の途中にあった扉。他の階だと看板が出てたり、何の店かわかるようになっていたけど、ここは看板の一つも出ていなかった。
「本当は予約が必要なんだけど」
澪音は扉をノックした。扉の横に呼び鈴みたいなのが付いてるけど、そっちは押さないのだろうか。
「ここ、お店なの……?」
「知り合いのやってる店だよ」
「……っ」
扉が開けられると私は驚いた。
中から現れたのは、物珍しい格好をした女性。いわゆる修道服という格好だ。よくコスプレしている写真をSNSで目にするけど、実物を見ることはなかったと思う。
「ミヤ。今、二人入れる?」
「ええ、今なら誰も居ませんよ」
ミヤと呼ばれた彼女は私の顔を見る。
幼く見えて、吐き出される言葉は彼女が大人の女性であることを自覚させる。だからか、目が合った時に緊張してしまった。
「未成年ですか?」
「わたしの同級生だってば」
「なら、いいです」
澪音が居なかったら、私は声を発することを忘れたままだった。ただ、私が返事をするよりも先に澪音が答えてくれたからか、ミヤと呼ばれた女性は店の中に戻って行った。
「ほら、
手を引かれ、店の中に入ると不思議な匂いがする。甘い、甘ったるい匂い。そこは外の空気が恋しくなるような空間だった。
薄暗い店内。少し怖いけど、澪音が手を握ってるからか、足が止まることはなかった。案内された席に二人で座ると、澪音が何かを頼んでいた。
「澪音、ここって何のお店?」
「シーシャ……ああ、水タバコってわかる?」
「タバコって……私、タバコ吸ったことないよ」
「大丈夫。わたしも吸ったことないから」
私がそわそわしていると、澪音の前にソレが運ばれてきた。
「え、なにそれ……」
「なにって、カルボだよ?」
カルボナーラなのは見たらわかる。ただ、その量が異常だった。私の前にも運ばれてきたカルボナーラに比べて数倍の量が澪音の皿に盛られていた。
「どうして、シーシャのお店でパスタ食べてるの?」
「だって、美味しいし。エレンの仕事とかライブが終わった後はいつも食べに来てるんだよ」
「あ……」
私はカウンターの方に立っていたミヤに顔を向けた。いくら店内で音楽が流れていると言っても、会話が聞こえる距離だと思う。
「ああ、ミヤはわたしのこと知ってる」
「そうなんだ……」
なら、周りを気にすることなく話せそうだった。
「ライブって、抜け出して大丈夫なの?」
「後のことはお姉ちゃんがやってくれるでしょ。エレンは歌い終わったんだから、後は用無し」
「いや、打ち上げとか……」
「わたしの素顔がバレないためって言えば、みんなは納得してくれるし」
私は勘違いをしていた。
澪音の正体がエレンだと知っているのは自分だけだと思い込んでいたけど、ライブの関係者なんかは澪音の顔を見ている。
だから、私と澪音の関係は特別でもなんでもなかった。その事実が、私は少しだけ寂しく感じたけど、納得している自分もいた。
「ところで、ミヤさんのあの格好って……」
「なんか『箱庭』って、呼ばれる場所?団体?施設?みたいなのがあって、普段はそこで生活してるらしいよ」
「いや、説明になってない……」
似合ってるとは思うけど。やっぱり、異質なモノが存在している気になる。コスプレじゃなくて、私達が着る服と同じように、彼女は平然と身にまとっているから。
「奈波は細かいこと気にしすぎ」
「いやいや、ミヤさんの格好は細かくないよね?」
「ミヤみたいな格好してる人、時々歩いてるよ」
「世の中、どうなってるの……」
どうやら、この店だけじゃなくて、箱庭は他にも家事代行の仕事だったり、小さなことから大きなことまで様々な仕事を行っているらしい。
箱庭は入ろうと思えば私でも入れるらしいど、澪音からはやめるように言われた。前に澪音も箱庭に興味を持ったらしいけど、ミヤが普通に生きてる方が楽しいと澪音のことを止めたそうだった。
「奈波、そっち座っていい?」
「いいけど」
澪音が私の隣に座ってきた。
色々と話をしているうちに澪音は頼んでいたパスタを全部食べ終わっていた。パスタは美味しかったし、私も同じくらい食べられかもしれない。
「お酒、ちょっとは飲めるよね?」
「頼むつもり?」
「うん。たまには飲みたいから」
最後に飲んだのはいつだったか。飲める歳になった時、口にしたお酒が美味しくなかったことは覚えてる。
運ばれてきたお酒。そのタイミングでミヤが扉の方に歩いて行った。さっきまで誰も居なかった店内に新しく、やってきた人達がいた。
「あれ?澪音じゃん」
私達の席の近くを通る時、女の人が声をかけてきた。第一印象と声の感じが一致している。私が本能的に怖いと感じる相手だった。
「またカルボナーラ食べに来たのかよ」
「そだよ。ここのカルボが一番美味しいし」
少し、澪音の体が動いた。
「隣の子、もしかして、澪音の彼女?」
「だったら、よかったんだけどね」
私は相手に失礼がないように挨拶をしようとした。なのに、澪音に体を押されて、タイミングを失ってしまう。
「悪いけど、今二人で飲んでるから。この子の紹介はまた今度ってことで」
「おっけーウチらは邪魔しないから」
その言葉を証明するように遠くの席に座った。
「澪音、今の人達って……?」
「この店で知り合った友達。バンドやってるって」
「バンド……」
文化祭の時、三人は演奏で澪音が一人で歌った。だけど、その音楽で才能に火がついたのは澪音だけ。私を含めた三人は音楽が続けることはなかった。
「澪音ってさ、どうしてソロで活動してるの?」
「わたしの才能に釣り合う人間がいないから」
「そういう冗談はいいから」
「……まあ、一人の方が好きに出来るし」
澪音がお酒のグラスに手を伸ばした。
「ほら、奈波も持って」
私もグラスを手に取った。
「奈波」
グラスから澪音の方に視線を移そうとした時、澪音の頭が私の顔に押し当てられる。寄りかかると言うよりは、澪音が顔を逸らす為にやってる気がした。
「乾杯」
軽い音が鳴った。そのまま澪音はグラスの中身を一気に飲み干すと、空になったグラスをテーブルの上に置いた。
私も一口飲んでみるけど、独特な味に一気飲みなんて出来なかった。私が途中でグラスから口を離すと、澪音がグラスを奪い取って、私の分も飲み干した。
「ちょっと、澪音……」
「ごめん」
求めたわけじゃないのに、澪音は謝罪の言葉を口にした。その言葉は私の胸に深く突き刺さるみたいで、自分が悪いことをしたような気分になる。
私が不安を抱きそうになった時、澪音が顔を動かした。澪音は腕を上げ、私の体に抱きついてきた。
「ねえ、澪音。何かあったの?」
ここまでされたら、私だって気づく。
「何も無いよ」
澪音の腕に力が入る。少し痛いけど、小さく震えている澪音に比べたら私は平気だ。澪音は言葉と心が中々一致しない。でも、澪音の体は私を求めてくれている。
誰かの役に立てるなら、それでいい。何も持たない私が才能を持った澪音の為に犠牲になれたら、それはきっと素晴らしいことだから。
私は澪音の心に触れることを諦めた。
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