恋人は、白昼夢

泡沫まどろ

恋人は、白昼夢

白昼夢とは、目が覚めている時に、空想や想像がまるで夢のように映像として現れる現象。または、そのような非現実的な幻想にふけること。


俺、落合茜にとって、クラスのみんなが見えている世界は、まるで白昼夢。

緑色の黒板がある綺麗な教室に、カラフルに線が引かれている体育館。そして、窓から見える彩り豊かな街の風景。


普通のことなのに何故か?


それは、俺が色覚障害者だからだ。

正確には、第二色覚異常d型色覚というものだ。

これは、赤と緑の色の区別がつきにくくなるという症状だ。その影響で俺の景色には茶色が多い。


そんな、茶色ばかりの世の中に飽きてる俺は、今日も朝から白昼夢にふやけている。

俺の目に映る風景、チョークで書かれた文字に教科書の表紙の色、机に制服だったり、俺自身の肌の色だったり、それらがどんな色なのか。そもそも色って何なのか。色の種類を知らない俺には、つまらないと言われている日常がどんなものなのかわからない。


色の種類を少し知らないくらいで何を言ってるのか?と思う人もいるだろう。


色の種類を知らないだけでどんなにつまらないか。そして、どんなに辛いか。俺にとって色覚障害で一番つらいことを言いたい。


それは、


「茜くんおはよ〜!」


好きな人の色がわからないということだ!

何だそんな理由かよって思っただろ!大問題だぞ!

よく言うじゃないか、女の子の変化には気づくのが大切って!だけど、色がわからないから変化の気づきようがないんだよ!ちょっとネイル変えたの〜とか、メイクしてみたんだ〜とか!絶対わかんないし!理解ができないんだよ!


そんなこんなで、俺の好きな人。――白鷺芽季さん。

誰にでも優しくて、笑顔を振りまく可愛い人。簡単に言ってしまえば、クラスの一軍女子。正直、この人の肌がどんな色だとか髪色がどのくらい明るいとか暗いとかは、正確にはわからない。メイクの有無はもってのほかだ。


「おはよう、白鷺さん」

「ねね!昨日のアニメ見た?」


そんな白鷺さんと朝の軽い雑談で気づいたことが三つほどある。


一つは、大のアニメ好き。それも王道なのからマイナーなところまで。いろんなジャンルが好き。


「うん、見た!ラストシーン良かったよな!」


最近は、俺も白鷺さんのお陰で見るようになった。ていっても、色覚障害があるから音だけだけ。今見ている作品はそれでも、いいなと思える作品だったから結構満足感はある。


「わかる〜!でさ!今回はこんな絵描いたの!」


二つは、独特なイラストを書くこと。よくアニメを見た後の感想として絵を描いてそれを見せてくれる。色覚異常の俺でも、「普通と違いうな」感じるくらい独創的。


「相変わらずすごいね!俺には描けないわ」

「でしょ!ありがと!」


そして、三つ。絵を褒めてもらったあとに笑う笑顔が、どんな笑顔よりも可愛いということ。


俺は、この笑顔に完全に心を撃ち抜かれた。この笑顔が見れるんだったら、この色覚障害が治らなくてもいいと本気で考えたくらい俺は、虜になった。


――始業のチャイムが鳴る。

俺に向けられてた顔が黒板に向けられる。それと同時に俺も白昼夢を見始めた。


学校が終わり、掃除の時間。


机を運びながら聞こえてくるのは、部活動をしている生徒の声と一生鳴いている蝉の声。目に見えるのは、茶色い夕日。

掃除が終わりぼーっと空を眺める。なにもない日常だと思う。


「ね!夕日って何色だと思う?」


いきなり声をかけてきたのは白鷺さんだった。驚きはしたが俺は落ち着いた声で答えた。


「赤だと思う。」


夕日を見ながらそう答えた。

保育園児の頃、「夕日の空は茜空、つまり赤」そう教えられた。茶色のクレヨンで描いたときに先生が訂正して教えてくれた。正直、茶色い夕日しか見たことなかった俺は、「夕日は赤色」という当たり前がわからなかった。


「うん。私も赤だと思う!」


合ってたらしい。ホッとして胸を撫で下ろす。


「じゃあさ、あそこにある花は何色だと思う?」


と続けて教室に飾ってある黄色い花を指さしていった。


「...黄色じゃない?」


「そっか、私はね黄色と紫だと思う!」


「...紫?」


予想外の回答に俺はびっくりした。それと同時に不安を感じた。


「ごめん、俺...間違えてた?」


残念そうな笑みを浮かべて白鷺さんは答えた。


「んーん。私が間違えたんだよ。茜君が合ってる」


合ってるって言葉で俺は安心した。ほんの少しの“普通”を手に入れた喜びに、俺は夢中だった。


「やっぱり、茜君もみんなと同じなんだね」


一瞬のつらそうな顔を見逃してしまう程に俺は”普通”の回答が嬉しかったんだと思う。少しの沈黙後に白鷺さんは「またね」と別れを告げた。


白鷺さんと別れた後、帰路につき俺は紫の意味を考えた。

俺が見たことある紫と言われるものは水色だ。赤+青=紫と言われるが、俺は赤色がわからない。赤は、茶色だし。緑も茶色だし。紫は、水色だし。諦めた俺は、色覚障害だからわからないという最低な言い訳しか思いつかなかった。


次の日、いつもの如く白鷺さんとの朝の雑談タイムがきた。

いつも通りに昨日は何もなかったかのように時間が過ぎると思ってた。


「今日はね!こんな感じになったんだ!」


言われて見せられた絵には今までの独創的な色合いとは違い、”普通”な色合いで描かれたものが出された。


「いつもと違うね?どしたの?」

「んー気分転換!好みじゃなかった?」

「いや....いつもと違って新鮮だっただけ。でも、俺は、いつもの絵が好きかも」


白鷺さんは驚いた表情のまま涙目になった。

俺は、ハッとした。サラッと言ってしまった最後の余計な一言に俺は慌てて訂正した。


「違うんだ!あの....なんていうか、白鷺さんらしくないというか...いや、そんなこともないんだけどさ!」


正直何を言いたいのかわからなかったけど白鷺さんを傷つけてしまったという思いに駆られて早口で慌てながら喋っていた。


「あはは、大丈夫だよ!ありがとう」


軽く涙を拭った後に言った「ありがとう」は今まで見た笑顔とは違く、とても安心したような、そんな笑顔だった。


そして、俺が言葉を掛ける前に始業のベルが鳴り響いた。だから、俺は白昼夢に浸る...はずだったが、そんなできずにずっと「ありがとう」とあの笑顔の意味について考えていた。


いつも授業をそこまで真面目には聞いてないが、いつも以上に彼女の笑顔と言葉の意味が脳裏から離れなくて授業どころではなかった。


数学では、指されたあとに誤回答して笑われ、体育だとボールが顔面直撃し、終いには熱中症を疑われて現在保健室に連行された。昼休みに友達との昼ご飯で橋に手がつかず、会話もまともにできなくてに心配をさせてしまい、本日二度目の保健室連行をくらった。先生には、「もう早退してほしいのですが」と言われたが断った。

白鷺さんに意味を聞きたかったから。


そして、待ちに待った放課後。俺は白鷺さんを教室に呼び出した。


「どうしたの茜君?浮かない顔だけど」

「...あのさ!今日の朝俺にありがとうって言ったじゃん。あれってどういう意味?」


一瞬、彼女は驚いた顔をした。でも、すぐに明るく笑って答えてくれた。


「あれは、私のいつもの絵を褒めてくれたことに関してのだよ!まさか、これを聞きたいがために今日一日中変になってたの?」

「う、あぁ、まぁそんなところ。...ごめん!時間取らせちゃって」


彼女に考えが読まれて動揺したがそのくらいわかりやすかったのだろうと思い、少し反省をした。


「いいよ!私、茜くんと話す時間楽しくて好きだし!」

「そっか、俺も白鷺さんと話せて楽しいよ」

「よかった〜!じゃあまたね!」

「うん、また明日!」


そう言って別れて彼女は俺に背を向けて歩き出した。ドアのところまで歩いて、振り返って言った。


「明日からはちゃんと私の世界を見せるから安心してね!じゃあね!」


軽く手を振ってその場を後にした。緊張がほぐれたかのように俺は、しゃがみ込んだ。振り返ってみせたときの笑顔が俺の好きなあの笑顔をしてた。


「油断した」


俺は誰もいない教室で一人呟いた。


思ってしまった。――本来のあの人の絵は、笑顔は、どんな色なのだろうかと。


色覚障害を恨みながら俺は、下校時間ギリギリまでここにとどまって、白鷺さんが残した僅かな香りを感じながら彩り豊かな世界の白昼夢に浸った。


翌日からまた白鷺さんの絵は今まで通りに戻った。


もうすぐ夏休み。


カウントダウンを楽しむ者が多いが、俺にとってはタイムリミットだ。白鷺さんと会える残り少ない日々を噛み締めながら今日も過ごす。


「告れば?」

「は?」


昼を共にしている友人から爆弾発言をされた。


「なんで?」

「好きなんだろ?夏休み前なんだし告れよ」

「無理無理無理!」


俺にそもそもそんな度胸もスペックもない。白鷺さんにとって俺はたぶん絵を褒めてくれる友人的な立ち居位置だろう。そんなのが告った暁には、ドン引きされて普通に振られる。


「お前最近仲いいじゃん!いけるって!」

「そーだよ。じゃないとこの夏、後悔するよ?」


うん。多分そのとおりではある。

だけど、厳しいものは厳しい。そんなことを思っていたら昼休みが終わりあの日みたいに授業に集中できなくなった。白昼夢を見てたらチャイムで切り替えられるが、考え事をするからほとんどぼーっとしたままだった。

その様子を白鷺さんが見て、心配させてしまっていたことを知らず。


「ねぇ、茜君。大丈夫?」

「え?なにが?いきなりどうしたの?」

「またなんか悩んでる?」


驚いたことに彼女には見透かされているようだった。


「白鷺さん、今日の放課後の時間少しもらっても大丈夫?」

「うん!じゃあこのあと教室ね!」


放課後というけど、今日の残りはショートホームルームのみとなっている。早く放課後になってほしいと思う反面、まだ放課後になってほしくないという二つの思いが混合していた。


教室で俺と白鷺さんだけになった放課後。


「どうしたの〜?私に話してみな!」


「白鷺さんは...さ、もし誰かに告白されたら...どうする?」

「告白?!えー...茜くんは、私がもし誰かに告白されたらどうなの?」


心臓が跳ね上がった。

唐突すぎて、返事をする前に呼吸すら忘れていた。


「...どうって、そりゃ...祝福するしか、ないでしょ」

「あれ?なんか声が小さかったよ?」


彼女はおどけた調子でそう言うけど、目は真剣だった。


「白鷺さんは、どうするの?その告白、受けるの?」

「うーん、それは相手によるかな。でも...」


そこで彼女は、一瞬だけ視線を逸らしてから、俺の目をまっすぐに見て言った。


「本当は、自分から伝えたいなって思ってる」

「自分から?」

「うん!だって、自分の気持ちは、自分の言葉でちゃんと伝えたいじゃん?」


その言葉が、胸の奥に突き刺さる。


明るく言ってくれるその笑った顔が俺の発言でどんな顔になるのか、想像がつかなくて俺は言葉が出なかった。

俺の心臓は、鼓動というよりも爆音になっていた。


きっと今の俺の顔は、真っ赤になっている。

それでも、今言わなきゃ――もう言えない気がした。


「あのさ...白鷺さん!」

「どうしたの?」


困惑した顔でこちらを覗いている。喉まででてきた言葉が出せなくてまるで息ができない。告白する時ってこんな気持ちになるんだ。


「白鷺さんのことが好きだ!」


残念そうな顔に変わったのがわかった。絶望が包み込む。最悪すぎる。


「...私のことが?」


俺は絶望しすぎて歯止めが効かなくなったかもしれない。


「うん...白鷺さんのことが」

「...なんで?」


このときの俺は完全に頭が真っ白になって思い浮かんだ単語をただただ言ってた


「笑顔が可愛かったから」

「それだけ?」


「じゃない!色覚障害のある俺に普通じゃない色を見せてくれるから!」


「しきかく...しょうがい?」

「俺、色覚障害で赤と緑の色の区別がつきにくくて、大体の景色が茶色なんだ」

「それが...私になんの関係があるの?」

「あの...その、白鷺さんの描く絵が普通の色と違って独特で、俺から見える”普通”なものと違ったから」

「...私の絵と笑顔に惹かれたんだ?」

「うん...」


話しきった後に俺は焦った。話す予定のないことばっか話したことに彼女を困惑させてしまった。今、絶望のどん底にいる。振られた人間ってこんな気持なんだと初めて思った。


「じゃあ、付き合お」

「え?」


俺、振られるんじゃなかったの?とても間抜けた顔をしていると思う。まるで、鳩が豆鉄砲くらったときみたいな顔。


「いいの?俺で」

「いいよ、逆に好都合だし」

「え?」

「だって私、四色型色覚だから」


今サラッととんでもないことをカミングアウトされた。四色型色覚って普通の人より更に細かい色の違いを識別できて、だいたい一億色に及ぶ色を感じられるんだっけ。たしかそんな感じだったはず。


「私が茜くんにこの世界の色を教えてあげる!だから私と付き合って!」


答えはもちろん


「よろしくお願いします!」


晴れて俺達は恋人となった。


「あと!付き合ったからには下の名前で呼び捨てね!」


そして、いきなり高難易度のことを要求してくる彼女ができました。


俺達の夏は始まった。


とは言うものの、夏休み中に芽季に会えるのは一週間に一回の計六回。多いのか少ないのかわからないが多分ちょうどいいのだと言い聞かせた。平日受験勉強に励んだ。お陰で、芽季に会える一日は最高なものだと毎回思える。一週間頑張った俺へのご褒美という感じになってた。


そしてまず、一週目海に来た。


「ねー、海って何色に見えると思う?」

「青だけかな」

「それ、一般論で言ってる?」

「ちゃんと目に見える情報で言ってる」


安心したような顔を見せる芽季は可愛い。フィルターが掛かったかのように可愛く見える。


「芽季にはどう見えるの?」

「青、緑、紫、ターコイズ、深緑が混ざったモザイク状の色彩だね!」


俺とは真反対な回答が返ってくる。


「青はわかるでしょ?うーんと青に黄色混ぜたのと青多めで黄色混ぜたのと水色に近いやつと。紫はうまく説明できない!」

「そっか、ありがと芽季」


彼女の頭を優しく撫でると嬉しそうな顔をした。


二週目は、遊園地に来てみた。


正直俺達がすることは景色をただ呆然と眺めて楽しむことくらい。アトラクションに乗ったりもするが彼女が苦手という理由であまり乗らないで過ごした。


「あそこのさ、どのくらいの色があると思う?」

「あのメリーゴーランドの柱?」

「うん、何色?」

「茶色一色かな」

「赤って色本当にわからないんだね」

「俺の目には茶色にしか見えない」

「そうだよね〜。でも、私の目には無数の赤と黄色が重なっているんだよ!」

「チョコバナナ?」

「たしかに!そうかも!」

「この柱はじゃあチョコバナナだ!チョコバナナ食べに行こ!」

「柱を?」

「実物だよ、もう!」


こんなふうに他愛のない会話して、ただただ過ごす。これだけで俺達は結構充実している。特別な恋愛イベントが発生するわけでもなく、ただただ一緒に同じ景色を見て、感想を伝える。そうするだけで、彼女の見てる景色が白昼夢のように俺の頭に思い浮かぶ。優しい色でとても明るくて、眩しい。遊園地ってこんなに輝いてたんだと彼女のお陰で認識ができた。


三週目と四週目は学校で過ごした。


移動する場所を考えるのがめんどくさかったのと芽季が俺と一緒に勉強をしたいと言ったからだ。


「ねーそこ間違ってる」

「え?まじ?」

「嘘」

「おい」


勉強というだけで景色を眺めたりせずにただただ話しながらやってた。図書館なら怒られるが、教室ならそんなことはない。たまに忘れ物をして入ってくる運動部の奴らにからかわれたりした。でも、ちょっと嬉しい。勉強も一段落ついたときに芽季が言ってきた。


「再来週お祭りあるじゃん?」

「ありますね」

「浴衣を着たいのですよ!」

「似合うと思うよ」

「そうじゃなくて!そのために来週はお買い物に行こ!」


やってきた五週目は、隣町に買い物に来た。


少し大きめのショッピングモールがあり、浴衣の品揃えも結構あった。


「茜が選んでよ」

「なんでさ」

「茜の思う私に似合うやつが気になるから」


彼女はいつだって、俺の限界を軽やかに超えてくる。軽く恐怖という感情が湧くほどに。


「文句言うなよ」


わかってるーとのんびりな返事をされた後、俺は真面目に選び始めた。俺に見えるのは、大きく分けて黒、白、茶色、青の四種類。しかし、これらを選んだからと言って実際の色はわからない。黒と白は確定で合ってるけど、青を選んだら紫でしたとか、茶色を選んだら赤でしたとか、考慮して選ばなくてはならないからとてもきつい。俺が探していると一つの色が目に止まった。


「これ綺麗。」


思わず呟いた。俺の目には白の生地の上に鮮やかな青の花が見えた。付属の帯は、濃い青だと思う。


「これにするの?」


芽季がひょっこり現れた。


「うん、これ芽季に似合うと思う」

「わかった!じゃあこれ着る!」


るんるんで会計しようとしていたので彼氏らしく奢ることにしてみた。浴衣が意外といい値段をしたのは、ここだけの話だが。


そして、夏休みに芽季と会える最後の週。六週目。


俺は早めに祭りの待ち合わせ場所に来て芽季がを待っていた。


「どんな色なんだろう」


俺から見る色と芽季から見る色は違うことしかない。

だから、本当は紫かも知れない。もしかしたら、芽季の好みじゃなかったかも知れない。そんな考えが頭の中をぐるぐると回ってたらいつの間にか彼女が来た。


「おまたせ!似合ってるかな?」


そう言いながら一回転。髪はゆるく後ろで団子にし、髪飾りをつけてた。

浴衣姿は、まるで芽季のために作られたかのような着こなしをしていて俺は釘付けになってしまった。


「似合ってる。世界一綺麗!」

「ありがと!」


笑った顔が余計に似合ってしまい、俺の顔はすぐに真っ赤になった。

そして、芽季との夏祭りが始まった。

リンゴ飴を買ったり、射的で勝負したり、かき氷買ったり。そんなことをしても結局はいつも通りに景色を眺めるばかりである。


「もうすぐ花火始まるって」

「そうなんだ」


花火が綺麗なのは知ってる。

しかし、花火が何色かというのはわからないからいつも気にしてなかった。だけど、今年は芽季がいる。芽季が隣にいるから、俺の世界に色が増えていく。

見れないし、想像しかできないけど白昼夢だと思ってた世界を芽季が教えてくれた。


「花火あがった!」


キラキラしているその目には俺とは違う世界が広がっている。


「ね!何色の花火が見える?」

「白」


ぼそっと呟くように言う。


「私も!」


その言葉を聞いて初めて、彼女とちゃんと目が合った。そして、俺と彼女の世界がつながったような気がした。


同じ世界で彼女と見た花火は、俺が今まで見た中で一番綺麗な花火だった。


きれいな花火を見れたのは、色を教えてくれた白昼夢のような恋人のおかげだ。

だから、俺の白昼夢は好きな人だ。


と書き茜は書く手を止めた。


落合茜。彼は、急性の白血病患者であり物語内の彼と同じように第二色覚異常d型色覚を患っている重症患者だったのだ。


この物語は、全て落合茜の白昼夢。学校に行ったこと、友人に告白の後押しをしてもらったこと、白鷺芽季の存在自体も全てが白昼夢であった。


学校に行けない彼が考えた都合の良い世界。彼にとっての夢のような世界。病気でもなく、幸せな色を教えてもらった世界。いわばユートピアなのである。


「白昼夢に彩られた世界で生きれた俺は、どんなに幸せで馬鹿なんだろう」


たった一人の病室で呟いた言葉はすぐに虚空に消えた。一人嗚咽をこぼしながら、絶望の現実を見る。この現実世界は彼にとってディストピアであった。


だから彼は、白昼夢というものに依存をし、理想をただ一人この部屋でノートに綴っていた。


「白鷺芽季はメギの花。花言葉はあなたの助けになる」


一番最初に書かれた行を指でなぞる。


両親がよく持ってくる花。

それがメギという花であり、よく母がメギの花に祈っているのを見て思いついた。どうせ治らないと思っている茜は、母の祈る行為が詐欺と似ていると思った。


そして、茜の白昼夢の行為と似ていた。だから、白昼夢という詐欺行為はメギの花という意味を込め白鷺芽季という落合茜にとっての理想の彼女を作った。


「結局、想像ができなくなったら終わり。物語はここまで」


死んだような目で呟き、一筋の涙が落ちる。夢が終わってしまうのが寂しいくて、辛くて、悔しくて、現実に向き合いたくなくて。もう時期死ぬことくらい茜本人もよく理解をしていた。


「現実は残酷だ。」


刹那、彼の耳に声が届く。


「じゃあ、夢の中にいようよ。」


目の前には存在しないはずの白鷺芽季がいた。


「夢の中だったら、私はずっと茜に白昼夢を見せてあげるよ!だから、一緒にいよ!」


彼は再びペンを握りノートに書き綴った。


彼女に色がついたこの瞬間が俺と彼女が初めて恋人だと認識させた。


「茜、ずっと一緒だからね!」

「わかってる!芽季が一緒にいてくれる限り俺は生き続けるよ。」


終わりが見えた。茜は、この現実で一番綺麗な笑顔を作り、最期の一行を書き込もうとした。


個室の扉が音を立てた。


「茜?茜!起きてたのね!」


現実の声が戻ってきてしまい目の前にいたはずの白鷺芽季は、茜の目の前からパッと消えてしまった。


茜は、白昼夢に浸りすぎてしまった影響で、親という存在、あかねの現実世界に関わる存在は邪魔以外の何者でもなかった。だから茜は、話さないし、ないものとして扱う。


「どう?調子はいい?お母さんね、レンゲソウを持ってきたの!だから、メギの花と交換するわね。」


交換は、捨てるということ。茜の部屋から芽季の一部が捨てられて、無くなるということを理解した。


「やめろ……」


冷たい声が病室を支配した。

目をそらしたまま、茜は母の手の中の花だけを見ていた。死んだようだった目は、敵意のこもった目に一瞬で変化し母親を見つめる。


「メギの花が、そんなに気に入ったのね!次はメギの花を持ってくるから、交換させ」

「触るな!」


茜の感情的な行動に母親は怖気づきメギの花の交換をしなかった。母親が交換しないことがわかると元通りの目に戻り、母親も安心したかのようにいつも通りに戻った。


数十分して母親が帰ってた。

帰り際にまた来るねと言われたが茜は何も返さなかった。母親から見て茜は、窓の外を向いているかのようだったが、実際は隣りに立っている芽季を見てた。


「いなくなったね〜」

「だな」

「もーだめだよ!お母さんにあんな酷いことしちゃ!」

「いいんだよ、もう会わない予定だし」

「じゃあいっか!」


ニコッと無邪気に笑う芽季の頭をそっと撫でる。触れてはいないが触っている感覚。

書き込まなくても芽季の存在を味わえる幸せ、端から見たら異常。茜の目は優しい目をしていた。


時計を見るともうすぐ午後六時、黄昏時。

茜は、そっとペンを取り最期の一行を書く。走馬灯のように流れ込む今までの白昼夢は、優しく茜を始まりへと誘い出す。


黄昏時の午後六時、俺は書き終え世界と一つになった。

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