#2 風の様に飛んでくる

 そこまでとんとん拍子で話が進んで一安心の吐息を吐く。そして、現状の一番の問題をそこで思い出すこととなる。この屋敷には現状ライフラインの類がない。そうなると、水瀬みなせさんに管理を任せる前に水瀬みなせさんが熱気で茹で上がってしまうのも問題だ。

「それでなんですけれど、現状この屋敷って電気もガスも止まってるんですよ。なので、水瀬みなせさんには今この屋敷に住んでもらうことができないんですよね…。」

 申し訳なさと焦りの入り混じった声で伝える。その間も、良い解決法がないか脳内をぐるぐると駆け巡りながら考える。

 まずは、ビジネスホテルやカプセルホテルのような宿泊できる施設でしばらく過ごしてもらう方法。一見とてもよさそうだが一番の大きな欠点はこの街にそのようなホテルがないということだ。隣街にはあるのだが、如何せん距離が離れすぎている。一応回復しているとはいえ病み上がり状態と言っても過言ではない彼女を引きずり回すのは良く並んでも気が引けるというものだ。あと、俺が連れて行くと何がと言わないが俺の外聞が悪くなってしまう可能性もある。回避できるリスクは避けるべきだ。

 そして次に、アパートなどの賃貸をしばらくの間だけ借りるという方法。だがこれも非現実的だろう。彼女に今必要なのはそのような長期間の安寧ではなく、数日間の一時的な生命線の延長。あと単純に無駄金が多すぎる。

 そうなると、最後の手段としては…。本当に、非常に、不服な話ではあるが、俺が今住んでいる家に泊めることだろう。

「それで…、ライフラインの復旧までなんですけれど、水瀬みなせさんさえよければうちに来ますか?」

 言ってしまった。心臓の鼓動の高鳴りを覚える。女性を招くという行為というのはこれほど心臓に悪いものなのか。

 そう自身でも小恥ずかしい感情を渦巻かせていると、彼女も指と指を付けたり離したりして視線を右から左へと泳がしている。彼女としても何か思うところがあるのだろう。そして、まとまりがついたのだろう触れ合っていた指先を離して視線をこちらへと向ける。

「その…、不束者ですが、お願いします!」

 まあ、つまり同居することを拒まないらしい。一先ず、宿探しの問題は解決したわけだが…、次は移動手段が問題だ。何気にここから自宅までは距離がある。そうなると車などがあれば便利なんだが、生憎まだ免許の取得はしていない。であれば、公共交通機関バスを利用すればよいとなるかもしれないがそうもいかない。なぜならば、この近辺は過疎化が進みに進んだことでバス路線が廃線となってしまっているのである…。

 であるならば、俺がすぐに頼ることのできる最後の手段に連絡を取るためにスマホを取り出し、連絡帳からある名前を探す。そして、そいつの名前をタップし通話を開始する。

 1コール、2コール、3コール。4コール目が鳴る直前、「どうしたんだい、隼人はやとくぅん。」と気だるげな声がスピーカーから流れ出てくる。

ほたる、悪いんだが車を出してはくれないか?」

「ふむ、それは構わないが、ほら、出すものがあるんじゃないか?」

「…はぁ、わーったよ。今晩の飯は奢ってやるよ。」

「うむ、であれば車を出してしんぜよう。それで、隼人はやとくんの家まで迎えに行けばいいかい?」

「いや、今日は…リンク送るからそこまで来てくれ。」

「んふふ、いいよ。それじゃ、またあとでにぇ~。」

 短く端的に通話を終わらせてスマホを仕舞う。すると、おずおずと水瀬みなせさんが聞いてくる。

「通話相手の方って一体?」

「ああ、まあどうせ会うから話しておいた方がいいか…。黄櫨はぜのきほたる、俺の中学からの同級生であり友人です。誰よりも先んじて免許を取得したからたまに手伝ってもらうことがよくある。」

「たまになのかよくあるのかどっちかにしないんですか、そういうの。」

「まあまあ、細かいのはどっちでもいいんです。とりあえず、良い奴とだけ覚えておいてくれればいいよ。」

「良い奴…、ですか。」困惑の入り混じった声でその言葉を彼女は反芻していた。



 それから30分、いや、1時間は経過しただろうか。他愛もない雑談を続けていると錆びれた門を開くような軋んだ音が聞こえてきた。そしてすぐにギギィと両開きの扉の片側が開かれる。

「うぃー。お迎えに上がりましたよっ…誰ぇ!?!?!?」

 水瀬みなせさんのことを一瞥したほたるは驚き大きな声を出して、すぐさま俺の肩につかみかかり。

「お前、ヤッたのか…?そのためにこんな寂れた屋敷に連れ込んだのか?」と小声だが大きく目を見開き俺の肩を揺さぶる。

「違う。倒れていたのを助けただけだ。他意はない。これ以上振るな頭が痛くなる。」

「あ、ああ。すまん。…それで、この人は?」

「…水瀬みなせしずくさん。倒れていたのを助けて、日よけのためにうちの屋敷に連れて来た。」

「ふーん…、結局連れ込んでんじゃねぇか!!」

 一度揺さぶる手を止めたほたるだったが、再度、今度は更に大きく強く掴みぶんぶんと俺の肩を揺らす。

「そ、そろそろやめましょう!小見川おみがわさんの顔が青くなってきていますよ!」

 揺らし続けるほたるを制止するように水瀬みなせさんが言うと、ほたるも冷静を取り戻し揺らすのをやめて手をやっと放した。しばらく視界が歪み、くらくらしていたが瞼を閉じたり開いたりしているうちに歪みも収まってきた。

「頭痛てぇ…。ほたる、マジで覚えとけよ。」

 ソファのひじ掛けに重心をかけて立ち上がる。多少ふらつくが、すぐに良くなるだろう。

ほたる水瀬みなせさんを車に乗せてやってくれ。俺は施錠してから行く。」

「ふーん。まあいいだろう。じゃあしずくさん、こっちですこっち。」

 そう言ってほたる水瀬みなせさんを連れて外に出て行った。

 待たせるわけにもいかないので急ぎで窓を閉める。錆びの影響もあってか中々滑りが悪いがどうにか開けていた全ての窓を閉めることができた。

 そう言えばだが水瀬みなせさん、家を追い出されていたらしいが荷物類はどうしたんだろうか。まあ、服は無駄にあるから心配することは…ないこともないがないと今のところは考えておこう。



 最後に入り口の扉と門を閉じてほたるの車に向かう。ほたるはバンドをやっている関係で、黄色のワゴン車を持っている。そのおかげである程度離れていても見つけやすいからありがたい。

 おかげで、少し離れていた位置に停車していたほたるの車が一目瞭然、丸わかりと言うわけだ。

 車に歩いて近づくと、なぜか車の向こう側にある雑木林から草葉を身に受けながら青色のスーツケースを抱えたほたるが現れる。

「お前、それどうしたんだよ。」と聞くと、

しずくさんが荷物の話をしてね。ここに来る途中見覚えがあったから急いで回収してきてみたというところさ。それで、しずくさん。このスーツケース、あなたの物ですか?」

 そう言って丁重に水瀬みなせさんの前に差し出す。

「こっ、これ。これです!私のです!…ちょっと中身見てもいいですか?」

「ええもちろん。ほらほら、隼人はやともさっさと乗ってくれ。」

「こいつ…、別にこれで飯のグレードが上がったと考えるなよ。」

 そう見え透いた表情に釘を刺して助手席に乗り込む。後部座席では水瀬みなせさんがスーツケースの中身をせっせと確認している。そして、隣の運転席ではほたるがいつでも出発ができるようにスタンバイしていた。

「…大丈夫です!ちゃんと中身あります!」

 スーツケースのファスナーを閉じながら水瀬みなせさんは報告する。

「よぉし。それじゃあ、行き先はどこだい?」

「俺の家。晩飯も一緒に食ってけ。」

「うっし!それじゃあ法定速度に則って爆走していくぜ!」

「それ矛盾してませんか…?」

 恐る恐る聞き出した水瀬みなせさんの意見を置いていくようにアクセル全開で飛ばしていった。




 でも、案外安全走行で進んでいった。本当に『法定速度に則って爆走する』を有言実行するとは…。

 やっぱりこいつは馬鹿だなぁ…。

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