メゾン・ド・オールド・ワン
@DDice
Chapter.1 シェアハウス、始めます
#1 邪神、拾いました
7月も終わりへと差し掛かり、ますます猛暑が強まる。そんな中、俺の育ての親であるじいちゃんが死んだ。
じいちゃんを看取るのは俺しか居なかったようで、葬式も
そのなかでも一番の大きな残し物が郊外に
そんな洋館を今後どうするのかを考えるために俺はこの暑い真夏の中、レジ袋の中に入っているコンビニで買った水の入ったペットボトルと昼飯代わりのサンドイッチを持ってその洋館へ向かっていた。
滲み出る汗をハンカチで拭う。じんわりとした嫌な汗だ。
それから数分、もう少しで館へとたどり着くといったところ。館の前の道路に深緑色のロングヘアの女性?が地面に口づけをするように倒れていた。流石にそんなヒトを見捨てるほど人間性は腐っていない。
「あの…、大丈夫っすか?」と、恐る恐る声をかけると、
「み、水…。水を、くだ…さい…。」と地面に突っ伏していた彼女は俺の方へ手を伸ばして、再び力なく地面に倒れ伏した。
流石に車の通りは少ないとはいえ道路の真ん中で立ち往生をするのはまずいので、彼女を担ぎ上げて洋館の敷地の中へと移動させる。そして、木陰となっている古惚けたベンチに座らせてペットボトルの水を渡そうとすると、
「のませてぇ…。」とぐったりとしながら口を開く。
なんで俺がそこまでしないと…、とは思ったがここまで助けたなら最後までやった方がいいかということで、ペットボトルのキャップを開いて口に水を注ぎ込む。
時折、跳ねる水滴が彼女の服に零れ落ちて湿らせる。なるべく変なことは考えないようにしながらある程度のところで給水を止める。
「…っ、ふぅ…。ありがとうございます…。」
「いえいえ、どうってことないですよ。それで、どうしてこんなところで倒れていたんですか?」
ペットボトルのキャップを締めながら疑問を投げかける。
「えーっと、そうですねぇ…。実は、もともと住んでいた家を追い出されちゃって…。お金もほとんど残ってなくって三日三晩彷徨い続けて、まあ、こんな有様です。」
彼女がそう答えると、グゥゥゥゥっと自身が空腹であるということを伝えようと彼女の腹の虫が鳴き始めた。
「あー、サンドイッチ、食べます?」
袋からサンドイッチを取り出して彼女に見せると、愛くるしい子犬の様に目を輝かせて涎を今にでも零れ落とさんとしている。封を開け、一つ差し出すと俺の手ごと食べようとする勢いでむしゃぶりついた。パッケージに入っている残り二つのサンドイッチを差し出すと、瞬く間にそのサンドイッチたちは彼女の胃袋へと消えて行った。
「ごちそうさまです、本当にありがとうございます...。それで...その、何かお礼がしたいんですけど…。生憎何も持っていなくてですね...、私にできることだったらなんでもしますから!」そう言って彼女は俺の手を取って両手で握りしめる。
「え、えーっと、べ、別にそんなお礼とか大丈夫ですから!」
彼女の手を解こうともう片方の手で彼女の手に触れようとした途端、彼女が一気に距離を詰めてきたせいでその手が彼女の豊満な胸に当たってしまった。
「えっ、あっ、その。ごごご、ごめんなさい!」
生来、女性とのかかわりなんて殆ど無かったものだからこのような展開に対する耐性なんて無いわけで。
「……いいですよ。今私が支払えるのはこの身体だけですもの。命の対価なら…。」
頬を赤らめながら彼女は服のボタンに手をかけようとする。
「待って!待ってください!そんなことしないで!」
そのような大声が俺たち二人しかいない青空の下に希釈されていった。
「えぇーっと、その…ごめんなさい。」
向かい側のソファに座った彼女は申し訳なさそうに人差し指の指先を合わせたり離したりしながら縮こまっている。
「いえ、謝らなくて構いませんよ。それで、ここまでで聞くタイミングがなかったので今聞くんですけど…お名前をお伺いしても?」
「あっ、そ、そうですよね。私、
「
そう質問をしてはいるが、ファーストインプレッション的に居ない、もしくは頼れないのどちらかだろう。現に、その質問を受けた
「……何となくは分かりました。それで、あなたはこれからどうしますか?」
別に、助けたとはいえ赤の他人だ。これ以上、他者の生き方に干渉する必要はないだろう。ただ、一度助ける為に取った手を離した後に人知れず再び倒れられるのは寝付きが悪くなる。だから最低限、彼女が再び自らの脚で立つところまでは見届けようと考えただけだ。
「どうするか、ですか…。」
「ええ、
「……。」
彼女は、黙って壁と天井の間の虚空を見つめる。実際、明日生きているか分からない状態の人間が数年、数か月単位で先のことを考えるということはしないだろう。
「このお屋敷、とても立派ですけど、寂れてしまっていますよね。」
「……ええ、育ての親がかなり裕福な人で保有だけしている屋敷があるんですよ。まあ、ここもそのうちの一つですね。」
「他にもこんな屋敷が…?」
「ええ。まあ、ほとんどは都心部だったので相場の2倍あたりの値段で吹っ掛けて売り払っちゃいましたけどね。」
「ヴェッ…。ちなみに好奇心で聞くんですけど、お幾らぐらいになったんですか…?」
「だいたい…これぐらいですかね。」と言いながら、右手の人差し指を立てて、左手で丸を作り見せる。
「10…万円?」
「そんな安いわけないでしょう、税金を抜いて10億円です。「じゅっ、じゅうおくぅ!?」うっるさっ…。」
彼女のあまりにも大きな驚愕の声が鼓膜を劈く。そして、アワアワと表情がころころと変わりながら取り残された指先がこれでもかと暴れている。
「聞いてきたのになんでそんなに驚いてるんですか…。」
「いえ、覚悟はしていましたけれど…、そうなるとこのお屋敷も同等の価値が…?」
「まあ、サイズはありますが郊外なのでそこまで値は出ませんでしたよ。それに、手入れもしていませんからそれを加味すると売値としてはよくて街中と同等、ないしは多少低くなる場合もあるんです。」
「へぇ…そう言う知識あるんですね。」
「これでも、詐欺られないようにしっかり勉強しましたからね。」
『ほえ~』と言わんばかりに心ここにあらずのような驚きとあまりにも現実的ではないその巨額の富を保有する人間を目の前にした彼女はふと思い至ったように話始める。
「思ったんですけれど、言い方的にこの屋敷って売りに出す予定はないんですか?」
「……悩んでいるといった段階ですかね。売ってしまってもいいんですが、せっかく素晴らしい屋敷なので有効活用できないかなとずっと考えています。今日もそれを考えるためにここまで来たんですよ。」
「……それにしては埃や汚れも多いですよね。掃除とか、なさらないんですか?」
「あー、そうですね…。単純に広いということもありますし、あまり片付けとか得意ではないので。」
「それは、見てて感じました。それに……」
彼女は立ち上がり、壁際にある本棚にまで歩き始める。
「絶対こういう本は読まないと思いましたから。」と言って、本棚から一冊の本を取り出す。その表紙には、『
「ええ、特に気にしていなかったので。逆にご存じなんですかその本。」
「……ええ、知っていますとも。だって、私のことですから。」
……ん?私のこと?なんだ?この人、俺が知らないだけで有名人なのか?だとしても、じいちゃんもほとんどこの屋敷には来てなかったらしいからあの本があったのもよっぽど昔なわけで。そうなると、親族に有名人が居てその人について書かれているうえで、その中で話に上がったとかそんな感じか?いやいや、だとしてもほんの状態からして生まれていたとも思えないわけで。
そう思案をぐるぐる回していると、
「そんな考えるようなことじゃないですよ。この本も、多分考えていることと全く内容が違いますから。」と、本を持って彼女は再びソファに腰掛ける。
そして、俺に見せるように本の表紙を開く。
「ルルイエ異本。並び一通りな言い方をするのであれば、魔導書です。」
「魔導書…。それとあなた自身にいったい何の関係が?」
「……実は私、元神様なんですって言ったらどう思いますか?」
「うーん、まあ信じられはしないですかね。干からびて死にそうな状態になってる神様とか俺が信仰していたとしたら間違いなく離れますね。」
「あはは…、それは、何も言い返せないですね。でも、助けていただけたのでちょっとだけ力が使えるんですよ。ほら。」
そう言いながら彼女は両手で受け皿を描くように虚空を撫でる。すると、何処からともなく水滴が集まり、やがて水の球体が生まれた。
「……どんなトリックを使ったんですか?」
「トリックなんて使っていません。これは魔術です!」
フフンと、彼女が胸を張ってドヤ顔を披露しようとした瞬間、水球が割れて彼女の胸部から下にかけて湖に落ちたようにずぶ濡れになってしまった。
「……ちょっと待っててください。今からタオルを持ってきますので。」
そう言って立とうとすると、彼女が制止する。そして、その掌を濡れた服に押し当てると、蒸気を放つように服に染み付いた水分が剥離し霧散していく。
「おお…。便利ですね。」
「まあ、そうですね。便利ではあるんですけれどこれでも本来の力の100分の1程度しかないんです…。」
「それは…、大変…ですね?」
「そうなんです。そう、大変なんです!」
急に、彼女が言葉を荒げるように大声を出し始める。
「元々、私…というより、元々の私を信仰していた人達が居たんです。でも年々信仰が弱まって、それに合わせて私の力が弱まって行ったんです。そして、贄とかそう言うのもなくなって、仕方なくこうやって人間社会に溶け込んで暮らそうとしてもどの職場も長続きしなくて、転々としていたらいつの間にかお金とかも一切なくなっちゃって…。まあ、その結果あなたに助けていただいたんですけれども…。」
最後の方は、少し目尻に涙を浮かべながら彼女はそう語る。
「それで、結局どうしたいんですか?」
「あの…、ひじょーに言いにくいんですけれど。何かしらで雇っていただけないかなーなんて…。」
「……一つ伺いますが、
「えっ、簡単な魔術とか、雑用…とか?」
「うーん、そうですかぁ。であれば、清掃員とかやればいいんじゃないんですか?」
「……あまり体力ないんですよね、私。」
「文句が多いですね。それこそお得意の魔術でやればいいんじゃないんですか?」
「…それなんですけどね、
「……え、俺あなたに何も感謝してないんですけど。」
「あー、今回は私があなたに対する感謝です。「そっちでも良いんですか…?」あはは…。」
神様とか魔術とか、一体何事だよ。ゲームのし過ぎなのかな…。
「あ、あの水球ってもう一度作れます?」
「え、できますけど。」そう言って、彼女は再び水球を作り出す。
「それで、本棚の上なぞってみてくれません?」
「はい?分かりました…。」
掌で描く器の形を変えながら水球を移動させる。そして、その水球が本棚の上をなぞるとそこに溜まっていた埃たちが水球に巻き込まれ、水球の中心に押し固められる。そして一通りなぞった後、掌の指を開き水球を霧散させる。すると、少し湿気った埃の玉がぽとりと彼女の左手に落ちる。
「おお。やっぱり清掃員に向いてるんじゃないんですか?」
「……確かに向いてはいますけど、なかなかこれはこれで疲れるんですよ。」
「そうなんですか…。……であれば、一時的に雇いましょうか。」
あまり乗り気ではなかったが、こうやって簡単に清掃ができるのであればわざわざ高値でふんだくってくる業者を雇う必要が無くなって便利だからな。それに、このまま外に出しても無一文だろうから何もできないだろう。であれば、最低限の日銭を稼いで蓄えてくれれば再び独り立ちすることもできるだろう。
「そうですか…。…えっ、雇ってくれるんですか!?」
「えぇ。この屋敷を最終的にどうするかを決めるまでの間、管理人として働いてください。」
「本当ですか!?」
彼女は相当うれしかったようで涙を浮かべながらテーブル越しの俺の右手を掴んで両手で包む。まあ、大きな落とし物を拾ったけれども、この屋敷を管理してくれる人材を一般より格安で獲得できたと考えればいい拾い物だろう。
「それであれば、えーっと…。…そう言えば、お名前まだ聞いていませんでしたね。」
「あれ、そうでしたか。じゃあ、改めて。
「では、
「はい、こちらこそよろしくお願いします。
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