第3話 それでもストーリーは進むのです
「まぁ、教師なんだから会うわよね」
授業を受けて、アンジェリーナは表情を無くした。教壇に立つのは攻略対象者の一人である教師のジャンパオロだ。貴族籍はあるものの、継ぐことはできないから、長兄が継いだ時点で平民になる。まぁ、教師という職に就いているから、生活に困ることはないだろう。見た目も良く、年上だから、女子生徒からは人気がある。たた、貴族の子女からすれば観賞用と言ったところだろう。数少ない平民の女子生徒からの人気はものすごく高いけれど。
当然ながら、アンジェリーナはジャンパオロを攻略するつもりは無い。成績に影響が出ない程度に真面目に授業を受けるだけである。あまりにもひたむきに頑張り過ぎると、心配されて個人レッスンが発生してしまうのだ。一番フラグが立ちやすいのがジャンパオロなのである。
「まぁ、ほどほどが一番よね」
回りをそっと見渡せば、貴族の生徒たちは黙って話を聞いているだけで、必死に黒板の文字を書き写しているのは平民の生徒だけだった。乙女ゲームの中で解説はさせていたが、最初の頃の授業は貴族家庭においては家庭教師に習うような内容らしい。だから、頭の中で復習をしているため、貴族の生徒たちは平民の生徒に配慮して黙って聞いているのだそうだ。
その知識があるからか、アンジェリーナも実は何となく話の内容はわかっていた。異世界あるあるではないけれど、何度もプレイしたからだろう、ゲーム中にクイズとして出てきた問題の内容を解説付きで説明されているような感じなのだ。だからといって、ノートを取らないわけにはいかない。アンジェリーナは平民であるから、国の行政のあり方や、騎士団の存在の理由など、知ってなどいないはずなのだ。だから回りの平民の生徒を真似てノートをとる。しかも振りではない。黒板の文字をキチンと書き写す。ただそれだけでいい。一生懸命に書くのではなく、見たままを書き写せばそれでいい。あくまでも平凡な生徒としてジャンパオロの目に映らなくてはならないのだから。
「座学の全てが一人の教師って、小学校みたいよね」
ようやく教室から解放されて、アンジェリーナは独り言を呟いた。前世の記憶があるからこそ、乙女ゲームの世界はなんともご都合主義に見えてくる。そもそも会う頻度が高ければ好感度が上がるのは至極当然のことなのだ。だからこそ、出会いの機会の少ないクラウディオが高難易度になってしまうのは必然だ。
「音楽の授業でリオネッロが出てくるのよね。教師より生徒に指導を受けるっていうのもなんだか変な話よね」
アンジェリーナはそう考えるが、そこは乙女ゲームの世界なので、イケメンとお知り合いになるフラグという事で処理されてしまうものなのである。
「音楽はピアノとヴァイオリンと座学かぁ」
当たり前の話だが、貴族の子弟なら音楽ぐらい嗜むものである。自宅でコンサートを開くのなんか社交として当たり前のことであり、教養のひとつとして何かしらの楽器を習うのは当たり前なのだ。要するに中世ヨーロッパ宜しく、貴族がお抱えの音楽家を養うのはステータスであり、また家督が継げない男子が音楽家になるのはおかしな話ではないのである。
だがしかし、平民は違う。
音楽を聴く嗜む余裕などない。街中の広場で旅の一座が演奏する大衆音楽を耳にして、リズムのいい音楽に合わせて踊る程度だ。誰の作った曲かなんて知ることもなければ知りたいとなんて思うこともない。そもそも楽器に慣れ親しむことなんてないのだから。貴族の家庭に当たり前のようにあるピアノは、前世の記憶で言うところのグランドピアノである。そんな大きな物を置ける場所など平民の家にある訳もなく、ヴァイオリンはそれこそ旅の一座が弾いているのを見るぐらいなものである。
楽器は高価なもので、おいそれと手に入れられるものではない。だからこそ、この世界つまり乙女ゲームの世界ではヒロインは練習のために学校のピアノを何度も借りるのだ。しかもそう簡単に貸してもらえる訳もなく、借りるために教師からものすごい雑用を言い渡されるのだ。それを見兼ねた攻略対象者であるリオネッロが、自宅のピアノを貸してくれるという訳だ。
つまり自宅デートというイベントである。
「絶対に避けなくちゃ」
色々と思い出しながら心にメモをとる。まだ、学校にいるうちに攻略対象者たちについてメモをとるのは宜しくない。一応アンジェリーナ歳では日本語で書いているつもりではあるが、万が一誰かに読まれたりしたら、貴族のご子息様たちの名前をメモしていることを咎められてしまう。しかもアレコレと特徴を書いているのだ。下手をすると何か犯罪予備軍と誤解されかねない。
「とりあえず、音楽と芸術は一日中そっちになるのよね。何も知らないって感じで望まなくちゃよね」
ブツブツと独り言を呟きながら、アンジェリーナは廊下を歩きつつ、ふと華やかな集団を見つけてしまった。同じ制服を着ているのに、全く別物に見えてしまう。それはそのはずで、中庭にいる集団は貴族のお嬢さまたちだった。同じデザインの制服ではあるが、生地が違うのだ。お抱えのデザイナーに仕立てさせた制服を着ているのである。既製品を着ている平民のアンジェリーナとは訳が違う。
「あれは……悪役令嬢とその取り巻きたち……」
華やかなお嬢さま集団を見て、アンジェリーナの口からこぼれた一言。誰かに聞かれては大変まずい事なのであるが、思わず出てしまった。
「あ、そうか、そうよね」
乙女ゲームの世界において、悪役令嬢であるアルテマ・ロドリゲスの姿を見て、アンジェリーナは妙案を思いついた。いや、アンジェリーナがこの世界において目標と定めたことにたどり着くためには、悪役令嬢であるアルテマはとでも重要な存在だ。推しであるクラウディオが憧れる存在である。アンジェリーナからすれば、推しの思いが推しの推しへ届くの理想、尊い未来である。そうすれば、アンジェリーナは壁になり推し活に励めるというものだ。
「アルテマに頼ろう。完璧な悪役令嬢なんだもの。攻略対象たち一人一人に頼るり、アルテマ一人に全部やってもらえば時短になるじゃない。それに、将を射んとする者はまず馬を射よ。って言うじゃない」
素晴らしい考えに一人はしゃぐアンジェリーナであるが、そのことわざの使い方が間違っていることを指摘してくれる人はこの世界にはいないのであった。
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