第2話 攻略よりも推し活がしたい


 前世の記憶を取り戻したアンジェリーナは、早速攻略対象者たちを確認することにした。とは言っても、別に攻略がしたい訳では無い。それどころかお近付きになりたいなんてこれ微塵も思ってなどいない。なぜならば、攻略対象者たちは、これすなわちクラウディオの敵だからだ。

 いや、敵と呼ぶのはいささかおかしいのだが、ぶっちゃけ悪役令嬢、もといヒロインのライバル令嬢アルテマに恋慕の情を抱いているクラウディオにとって、攻略対象者たちは邪魔な存在なのだ。

 何よりもまず、王子の存在だ。卒業後、アルテマが婚約者となり、立太子の後押しをロドリゲス公爵家がするだろうと噂されているのである。これでは立太子問題があるのかのように思われるが、まったくない。そう、国王夫婦は大変仲が良く、子供は3人、男が2人の女が1人。もちろん兄弟仲も大変良く、弟が兄をおしのけて立太子したいなんて、野望を抱いているという噂なんか聞いたこともない。つまりあれである。ストーリーを盛り上げるための設定なのだ。なのだが、真面目なクラウディオはアルテマにおかしな噂が立たないように不用意に近づくことはしないし、自分の気持ちを伝えようともしない。

 まぁ、見た目がショタっ子なので、モデルのような立ち姿のアルテマに対して臆していることは確かである。何しろ発言が常にネガティブだ。「俺のような見た目の男の元に輿入れしようと考える女などいない」と何かにつけて吐き捨てるように口にするのだ。まぁ、そのセリフが聞けると好感度が上がった証拠なのだが、何しろマイナス100スタートと言われているため、クラウディオを攻略したという情報をアンジェリーナは生前聞いたことがなかった。


「クラウディオ様を攻略しようなんておこがましいことはしないわ」


 一日かけて探し出した攻略対象者たちの名前を確認しながらアンジェリーナは呟いた。

 何しろ今世でも、つまりここが乙女ゲームの世界だと知ってしまっても、いや、知ってしまったからこそ、推しを推したい。


「クラウディオ様にとって、最大のライバルはやはりエーリオ王子よね。腰巾着のフランコは伯爵家の次男だから論外」


 帰宅して、国から頂いたとても貴重なノートにつらつらと攻略対象者たちの情報を書き連ねていく。

 王子のエーリオ

 王子の乳兄弟で護衛のフランコ・ザベロス

 商家の息子ガレアッツォ

 教師のジャンパオロ・デスベス

 園芸好きのジュリアーノ・ロレン

 音楽家のリオネッロ・セザン

 芸術家のマルカントーニオ・アハロ

 攻略対象者たちは基本主人公が何かしらの数値を一定数にあげると登場してくる。教師のジャンパオロは普通に授業で遭遇するのだが、成績が上がらなければ声をかけて貰えない。ジュリアーノはお茶の作法の時に花の違いが分からない主人公に優しく教えてくれる。音楽家のリオネッロは、楽譜の読めない主人公に楽譜の読み方と鍵盤の位置を教えてくれる。芸術家のマルカントーニオは、絵画の解説と共に作者の情報を教えてくれる。商家のガレアッツォは、おなじ平民として何かにつけて絡んでくる現代物なら幼なじみ枠みたいな存在だ。そして王子のエーリオは、全ての成績がライバルアルテマに届いた時にようやく登場するのだ。その前に乳兄弟のフランコが主人公を見に来るので、フランコが登場するとエーリオ登場のフラグとして扱われていた。


「有り体にいえば、クラウディオ様は侯爵家嫡男だから、他の攻略対象者たちより家格がうえなのよね。伯爵家、子爵家じゃ、相手にならないのよ」


 思い出した肩書きや特技を確認しつつ、アンジェリーナは呟いた。クラウディオは最難関の攻略対象者、隠しルートを開かないと攻略できない。と噂されていた。何しろ好感度がマイナススタートなのである。おまけにショタ枠だ。好みが別れるキャラを最難関にするとは運営もかなりの物好きである。世の中の腐女子が誰でもショタ好きという訳では無いのに、ずいぶんとチャレンジャーな開発者が揃ったものである。そんなにことに関心しつつも、前世ショタっ子が大好物であったアンジェリーナは考える。


「私はクラウディオ様を推したい。クラウディオ様の恋を応援したい。推しの幸せを推す。尊いわ」


 今日手に入れたクラウディオのハンカチを抱きしめてアンジェリーナは身もだえた。攻略対象者から貰うハンカチは、それ即ち攻略が開始された合図なのである。実際の乙女ゲームで主人公は初手を間違えたためあの出会いのシーンでハンカチを渡されてはいない。つまりアンジェリーナは乙女ゲームのチュートリアルをスキップできたのだ。


「名前は覚えて貰えたから、あとは壁となり推し活に励むのよね。私は。異世界での推し活……なかなか奥が深いわ。何をすればいいのか見当もつかない」


 ハンカチを見つめ、ノートに書いた攻略対象者たちの名前をじっくりと確認する。前世であったのなら、推し活はSNSに投稿したり、推しのぬいぐるみに服を作ってみたり、イベントでグッズを買ってみたりなど色々あったのだが、この異世界では推しがいるのだ。しかもテレビに映っているとか、コンサートで会えるとかではなく、学校に行けば会える。恐ろしい話である。


「推しを攻略しないで推し活をする。かぁ」


 平民で未成年であるため、できることには限りがある。何しろ相手は侯爵子息。お金もあるし権力もある。努力を惜しまず、領民のためにより良い治世をするべく勤勉でもある。だから誰かの助けを望んでもいないし、むしろ貴族らしく振る舞うので、手の出しようがない。


「私がクラウディオ様にできることを探さなくちゃ」


 口に出してみるとなかなかに、おこがましいことではあるが、同じ学校に通っているのだから、何か出来ることがあるはずだ。同じ世界に生きているからこと出来ること。


「クラウディオ様に生涯お仕えすればいいんじゃない」


 アンジェリーナは唐突に閃いた。

 これこそ、同じ世界で生きているからこそできる推し活である。推しのために自分の人生を捧げるのだ。


「何もむずかいし事ではないわ。だって私は平民。クラウディオ様はいずれ侯爵となる人。侯爵家のメイドとして雇ってもらえばいいのよ。城の役人じゃなくて、貴族家のメイドだって、女の子なら憧れの職業じゃない」


 妄想を大爆発させて、アンジェリーナは胸の前で手を組んだ。


「そして、ゆくゆくはクラウディオ様のお子様の乳母になる。なんて、どうかしら。クラウディオ様がアルテマ様と結婚すれば、私は同級生として売り込みができるもの。2人から信頼を得られれば、何も難しいことは無いじゃない。そうよ、これこそが異世界での究極の推し活だわ」


 素晴らしい未来を妄想、いや思い描き、アンジェリーナは歓喜した。もちろん、声は極力控えめだ。

 今後の目標をノートに書きとめ、アンジェリーナは一息ついた。異世界での自分の生き方を決めることができたのだ。なんでも素晴らしいことだろう。乙女ゲームはやらない。攻略対象者を攻略しない。

 推し活をする。

 

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