アミューズ.1
建物の中は外観から想像するよりもずっと綺麗だった。受付とエレベーターホールのみの1階部分は、やけに白く明るく、母が入院していた病院をぼくは思い出した。するはずのない薬の匂いがした。
誰もいない受付の横を通りすぎ、エレベーターの6階のボタンを押す。
フロア案内には、1階受付、2階事務、3階教室のみ表記されており、4階から7階までの欄にはなにも書かれていない。試しに2階のボタンも押してみたがなにも反応はなかった。昼間部の生徒は今とは反対に1階から3階までしか利用できなくなっているのだろう。
ぼくはこれから犯罪を学びにいく。それも人間の肉を調理する方法を。
母もここで一年学び、優秀な成績で父というパトロンを得た。そして、ぼくが生まれた。
6階には教室が3つあった。ここも学校というよりは新しく建てられた病院のようにきれいだった。その廊下の一番奥にある教室は、他の教室の倍くらいの広さがあり、入り口には入学式会場と張り紙がされている。
扉を開けると、教室とはおもえない光景が広がっていた。
正面には教室らしく大きなホワイトボードと教卓が設置されている。問題は生徒側の机だ。全ての机の上にレストランのようなテーブルセットが用意されているのだ。中心に大きな飾り皿、ナプキンに多様なカトラリー。10卓全てに準備されている。
まるでコース料理を食べるような・・・・・・
「まだあなたしかいないの?今年の入学者は時間にルーズね。こんなんで大丈夫かしら。ほら、自分の名前のところに座りなさい」
教卓側の入り口から、バインダーを抱えた女性が入ってきた。30代くらいの、眼鏡をかけた小柄の女性だった。この人が教師だろうか。人肉と目の前の女性とがどうもうまく結び付かない。
「あの、今日は入学式ですよね?これってなにか食べるんですか?」
「なにってもちろん人肉料理でしょ」
当然のように彼女は答える。が、そもそもその肉専門の調理学校なのだ。食べるとしたら、それしかない。人を食べる、という実感が全くといっていいほどわかなかった。
ぼくが着席してからすぐ、5分もたたないうちにテーブルは満席となった。
生徒たちはぼくとおなじ高校生くらいから30代くらいまで、男女それぞれ5名ずつという割合だった。
みんな誰かから推薦を受けてここにいいるはずで、いったいどのような経緯で推薦を受けているのだろうか。
普通の学校とは違い、誰も話さず、目も合わせない。異様な空気が教室の中をみたしている。
沈黙を破ったのは、さっき話しかけてきた女性だった。
「みなさん時間どおりでしたね。それではさっそく入学式をはじめます。入学式といっても、先生たちの自己紹介とささやかな食事を楽しむくらいですが。まず私は食人コース事務の
感情のない話し方で淡々と進行していった。次に紹介された先生たちも、同じように抑揚のない話し方をしている。
自己紹介といっても分かったのは担当と名前だけ。
シワひとつない白のワイシャツにグレーのスラックス、汚れのない黒の革靴に几帳面な性格が表れている。
「前菜からデザートまで、調理は一括して私が教える」
名前と、そうひとことだけ言ってから教室の外へ出て行った。ほんの一瞬だけ、目が合ったような気がするのはぼくの気のせいだろうか。
座学担当は細身で科学者のようだった。
ただ実際のところ、座学の内容は調理とはほとんど関係のないものが多かった。
全員が受講しなければならないのは衛生学と解剖学。他に開講されている授業は、法学、歴史学、そして殺人学の3つ。そのうちのひとつを選択し受講するそうだ。
「衛生学と解剖学については説明はいらんだろう。法学については食人に対する法律の解釈を、歴史学については歴史と食人文化を扱う。そして殺人学はその名のとおり人の殺し方、新鮮な死体の保ち方を教える。ただし、在学中の殺人は重大な校則違反になるため行わないように。以上」
簡単すぎる説明にぼくはまだ理解できずにいた。そもそもどんなに詳しく説明されてもいい理解できるかどうかわからない。自分の置かれている状況が、いまだに夢のようだった。
周りを見ても、ぼくと同じように困惑している生徒が半分くらいいた。残りの半分は、それが当たり前のように座っている。
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