ミート
加納幹
食前酒
桐塚学園調理師専門学校は街のはずれ、斎場の真横にひっそりと佇んでいた。その立地の不気味さから近隣住民からは『最後の晩餐専門学校』と呼ばれ気味悪がられている。
ぼくはその場所に建てられた本当の意味を知っている。
桐塚学園には昼間部の製菓コース、調理師コースに加え、一般には存在が伏せられているコースがある。それが、ぼくの入学する人肉コースだ。その名のとおり、人肉料理を専門的に学ぶことができる、唯一の学校。
権力と財力をあきるほど持っている自称、美食家達がパトロンとなり運営されている。パトロンの中には公営の斎場から死体を盗み出すことができる立場の人物も関わっているのだろう。
骨になってしまえば、人間も他の動物と変わらない。
もちろんそんな特殊な学園に一般入学できるはずもなく、生徒全員が推薦で入学し、卒業後はパトロンの庇護のもと生きていくことになる。一生安泰、といえば聞こえはいいが、多くの制約にしばられる人生からは逃げられない。
ぼくもその道に進むことになる。
「やあ、
「
斎場から登った煙を見ていると、背後から声がかけられた。黒のスーツに革靴、無造作に整えられた茶髪、まるでホストのような出立のこの男が、ぼくをこの学園へ推薦したパトロンの窓口役である。
1か月前、母が死んだ。そしてあの斎場で母が骨になるのを待っている時、早瀬と名乗る男が話しかけてきた。
「はじめまして。君が秋目冬季くんだね。僕は早瀬といいます」
斎場に似合わないその男はそのまま喋り続ける。
「この度はご愁傷様でした。これからのことを君と話そうと思ってね。というより、会長が君のことを気にしているんだよ。あ、会長って言うのは僕の雇い主であり、君のお父さんでもあるんだ」
「お父さん?」
突然の告白に思わず聞き返した。
「ようやく顔をあげて話してくれる気になってくれたかな?そう、お父さん。いないと思っていたのかい?人間誰でも父と母がいるんだよ。いない方がマシだと思う奴もいるけど」
なぜ、今さら。その疑問を口に出すより早く、早瀬さんは答えを教えてくれた。
「君の母親は、うちの会長の料理番だったんだよ。しかも、かなり特別な。作る料理も、人としても特別だった」
まず、料理について話そうか。そう言ってコーヒーとスティックシュガーを2本差し出してきた。いつもぼくがせ使う砂糖の量まで知っているのか。
「作っていた特別な料理は、人肉を使った料理だ。レクター博士みたいな感じね。殺しはやらないけど。え、分からないのかい?まぁいいや。上流社会にはね、人肉嗜好という文化があるんだ。気に入った料理人のパトロンになって、料理を、人肉を使った料理を作らせる。その料理人が、君の母親だったってわけ」
母が、料理人?しかも、人肉を……
まず母が料理をしているところをぼくはほとんど見たことがなかった。朝から晩まで働き、台所に立つ暇さえなかったのだ。忙しい母に代わり、ぼくが料理を作っていた。それに……
「母は犯罪をしていたってことですか?」
あの母がそんなことをしていたなんて、ぼくには想像ができなかった。
「犯罪ね。確かにそうだ。罪状は死体損壊罪。君の母親は超一流の犯罪者だったってことさ」
それともう一つ。
ぼくの頭が話を理解するよりも早く、早瀬さんは続けて話し続けた。
「君の母親は、というよりもうちの会長の方がルールを破ってしまった。料理人とパトロンは直接関わってはいけない。食人という秘密を守るための絶対的なルールだよ。さすがにあの時はうちの会長も慌ててたさ。パトロン同士は政治や事業で深く関わっているからね、彼らを裏切ったら、商売もなにもできない。そこで、君を身籠った彼女は自分から姿を消した。会長が本気になれば見つけることもできたと思うけどね。それをしなかった」
その話を聞いても、不思議と怒りは湧いてくることはなかった。むしろ、犯罪者の母よりも自分を犠牲にする母の姿の方が母らしいと思う。
ぼくのために母は全てを犠牲にしてきた。倒れるまで働き、そのままこの斎場まで来てしまった。
たぶん、母を止められたのはぼくだけだった。けどぼくはなにもしなかった。母を探さなかった会長--ぼくの父と何も変わらない。
「それで、早瀬さんはそれを伝えるために来たんですか?」
「それもあるけどね、あれを見てごらん」
そう言って早瀬さんは斎場の大きな窓の外を指差した。
「あそこに見える建物が、君の母親の母校であり、君がこれから通うことになるところさ」
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