15.「道中は危険がいっぱい」

 二日後。


 偵察部隊の視界を共有した水晶には、炎牢領へ向かう勇者パーティーの現在地が、映し出されていた。


「ん!」


 ちょうど、峡谷にかかる一本の長橋を渡ろうとしているのが見えた。


『ナディア様、勇者パーティーが橋を渡り始めました』


 偵察を続けていたエイルが、報告する。


「みたいね!よし、全員に出発を命じて。リカルド様を守るわよ」


 私の言葉に、死霊たちが、一斉に動き出す。


「ルビアは、これまで通りリカルド様たちの動向を常に把握して守ってちょうだい」


 ルビアは、おっとりと微笑んだ。


「お任せくださいませ、ナディア様。命に代えてもお守りいたしますわ」


 私たちは拠点から、事前に準備しておいた裏道を使って、勇者パーティーとは別のルートで炎牢領へと入った。

 隠密に特化した偵察部隊が領内を先行して移動し、戦闘部隊は私に追走する。私は報告聞きながら全体を俯瞰しつつ、勇者パーティーとの位置関係を常にチェックしていた。


 最初の危険は、勇者パーティーが長橋を渡り終えて少ししてから現れた。

 彼らが小休憩を取りはじめ私たちも一度動きを止めた時だった、偵察部隊の隊長であるエイルが、険しい表情で報告してきた。


「ナディア様、私たちより前方の丘付近に、魔族の気配を複数感知しました。波長から見るにおそらく氷牢軍の残党です。勇者パーティーの進路を塞ぐつもりでしょう」


「氷牢軍の残党……。カルディアが居なくなってからは、ファルネウスの下に着いたということかしら」


 私はすぐにクラウスに指示を出す。


「クラウス、貴方に一任するわ! リカルド様に悟られる前に、一気に叩いて」


 クラウスの指揮のもと、戦闘部隊の死霊たちが一斉に突撃していく。音もなく、気配もなく、まるで影のように。

 魔族たちは、クラウスに気づく間もなく、あっという間に短時間で殲滅された。


「安らかに眠ってちょうだい……」


 魔族たちの死体は、隠蔽部隊によって痕跡を残さずその場で埋葬された。


「これでよしですわね。痕跡も残っていませんわ」


 ミーナが微笑む。彼女の感知魔法をもってしても気付くのは困難なほどに完璧な隠蔽が終わった。


「ふぅ……油断できないわね」


 ほどなくして勇者パーティーが進みだし数時間、周囲の景色は一変し、赤黒い岩肌と、地中から流れ出す溶岩が見える火山地帯へと入っていく。


「このままだと、勇者パーティーの進路に直接降下する可能性が高いです」


「バーン!」

 私は振り向きざまに命じた。

「噴火に見立てて爆弾を使い、ワイバーンの注意を引いて! なるべくあっちの山肌方向へ!」


「おうよ、火山と爆発は親戚みたいなもんだ!」

 バーンは笑いながら腰の袋から赤黒く光る球を取り出す。手の中で魔力を込めると、球の表面が脈打つように輝いた。


「いくぞ、溶岩花火だぁっ!」

 投げられた爆弾は宙を切り、火山の岩肌に激突。轟音とともに火柱が上がり、熱風が頬を撫でた。

 ワイバーンたちは一斉に驚き、旋回の軌道を変える。しかし——。


「駄目です、数体がこっちを素通りして勇者パーティー方面へ!」

 エイルの報告に、私は即座に決断した。


「バーン、二発目! 今度は群れごと吹き飛ばすわ!」


「へへ、さっきのは前菜だ。本番いくぜ!」

 バーンはさらに大きな爆弾を構える。魔力の光が彼の顔を赤く照らし、汗が光った。


 爆弾が放たれると、まるで太陽が落ちたような閃光が火山を包み、空気が震える。

 爆炎に呑まれたワイバーンの悲鳴が木霊し、翼が千切れた影が炎の中を舞った。

 残った一部がよろめきながら飛び去り、火山の向こうへ消えていく。


「ふぅ……。これで安心ね」


「ナディア様、あまりに敵と出会わなければ逆に怪しまれるのでは……」


「……でも、命に関わる危険は別よ。できるだけ体力も温存してもらいたいの」


 私はそう呟き、視線を遠くの小さな人影へと向けた。


 それからまた数時間後。

 お昼休憩をとっていたとき、エイルが岩陰に隠れている偵察魔族の気配を察知した。どうやら勇者パーティーの情報を探ろうとしていたようだ。


「ナディア様、偵察していた魔族を捕らえました。どうしますか?」


「メディアに記憶を読み取らせるわ」


 私の言葉に、メディアは頷くと、魔族の記憶を探りはじめた。

 彼女は、ある条件の下に対象の記憶を読み取ることができる。魂の深層に触れる私の死霊術にも少し似ている不思議な力だ。


「ナディア様……!」


 メディアが驚きの声を上げる。


「どうしたの?」


「この先に炎牢軍が大砲構えて勇者パーティーを狙うつもりみたいだ!」


「数は?」


「砲兵が100以上は居る、あとは有象無象みてぇだけど1,000は越えてる」


 私は息を詰めた。


「クラウス、行くわよ」


「……了解」


 クラウスは短く答え、死霊たちに合図を送る。


 私たちは裏側を伝い、完全に死角になる位置まで移動する。

 魔族の大砲部隊の背後まで、息を殺して忍び寄った。砲兵は陣地としてはかなり後方に居るようで、実質的に孤立しているようだ。


 これなら、厄介な砲兵だけでも片付けられそうだ。


「準備はいいか?」


 クラウスが囁く。


「最初に砲兵だ。護衛兵は後でいい。音を立てるな」


「了解」


 死霊たちが散開する。彼らの姿が消えた。


「……な——」


 最初の砲兵が振り返る間もなく、喉を断たれる。声は途切れ、体がぐらりと前のめりに倒れた。


「うあぁあ……!」


 別の砲兵が短い悲鳴をあげるが、その口もすぐに塞がれた。


 残る砲兵たちは、仲間の異変に気付く前に次々と倒れていく。


「残りは10だ」


 クラウスの声が、短く響く。普段は見せない冷徹な戦場の顔。


「これで、大砲は片づけた。最低限これさえできれば、あとは勇者パーティーで片づけられるはずだ」


『ナディア様、勇者パーティーが気付いたようです』


 ルビアからの報告。


「撤収よ、追ってくる敵以外は狙わなくていいわ」


 私は手早く命じた。


 倒れた死体は遠隔から浄化し、隠蔽部隊が土や岩で覆う。

 少しの争いの痕跡は残ったが、これくらいなら不自然ではない。


 その後は、勇者パーティーが、残る魔族を制圧していた。


 そして、夕日を背に、リカルド様たちは炎牢城を見据えることのできる丘上に到着する。

 疲労困憊のようではあったけれど、顔には達成感が満ちていた。


「俺たちの力で、ここまでたどり着いたぞ!」


 リカルド様が、満面の笑みで仲間たちに語りかける。

 彼が笑顔でいてくれる。それが、私にとって何よりも幸せだった。


「なんとか一日目は終了ね」


 リカルド様たちが野営準備を始めたのを見届けた後、私たちは夜陰に紛れ、炎牢城への潜入作戦準備へと移行した。


「ここからが本番よ」

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