大鷲谷おおわしたに先生が求めた「魔導文字が読めるゴールキーパー」について、まだ説明が足りない? いやいや、これからの僕らの作業を見ればきっと納得できると思う。

 魔術を書物に残そうとした先達の慎重さについては既に話した。巧妙なしゅが仕掛けられていて、フィルム化、デジタル化、いずれも今のところ不可能。いまだ祐筆ゆうひつの手による写本に頼っている。本学魔術訓練大学校のテキストでさえも、祐筆を何人も抱える写本屋頼みである。

 フィルム化、デジタル化不可。だがそれは魔術書誌学の入り口に過ぎないのだ。

 さて。先ほどからこうして一枚一枚めくりながら僕らは埃を払っているわけなのだが。


「おっ。早速キーパーくん頼む!」


 金剛原さんがそう言い終わる前に、僕は席から飛び上がってそいつを受け止めた。

 見れば『残雪により』だった。


「『残雪により』」


 つかまえたらすぐさま読み上げることだ(ここで魔導文字が読めることが必須になる)。


「見事だねえ」


 金剛原さんが僕に感嘆している。ちょっとない光景じゃないか。


「いえいえ、まだまだですよ」


 何がまだまだなのかわからないが、そこで浮かれないようとにかく謙遜しておきたかった。

 僕が今何をつかまえたのか。

 これは、『天文方秘帖』第三巻に記されていた魔導文字だ。つかまえて、読み上げれば書物の元の位置に戻る。

 なぜそんなことが起こるか?

 それは『天文方秘帖』が後世に災いをもたらすであろうと、書物を編んだ者たちにもみとめられていたからだ。これはそうした危険な書物に用いられる『さん』と呼ばれる『しゅ』。講義では聞いたことがあったが目の当たりにするのは初めてだ。一定期間を過ぎると書物の文字が今のようにひとつ、またひとつ隙を見て逃げてゆくのである。通常百年単位で発動するよう用いられるそうなのだが、そこにまた、書物をめぐる興味深い逸話が出てくる。


「そうなってはたまらない、と、所有者が百年ごとにせっせと『散』を封じているはずなのだけれどね」


『散』の『呪』対策、というものが編み出され、いまや古文書保管の基本ともなっているのだった。当館でも、この全七巻を購入した際に一度対策をしているはずなのだが。


「さすがに強い『呪』らしい。ページをひらくと、一日にいくつかはこうして抜け出ようとするんだ」


 見つけ次第読み上げないと、いずれ塵と消える。


「なんですその時限装置」


 魔術、秘術に関わる文献を扱う難しさをおわかりいただけただろうか。学長専用の作業室に入らなければならないような資料ともなれば、こんなことの連続なのだと金剛原さんは言った。

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