第16話 ルシアは覚悟を決める。

 普通なら見たこともないはずのそれをルシアは知っていた。


 一度だけ見せてもらった事があった。


 城の研究室で。


 それはルシアが聖女となってから少しした時だった。


 その頃のルシアは、武芸を学べないと知るや、王にも王子にも、使用人にまで、教えて欲しいと頼み込んでいた。


 ある日、城の廊下を歩いていた王城直属の研究員に、いつものごとく武芸の指導をねだった時だった。


 その研究員はルシアにある提案をした。


 ——それなら研究室で“魔法”を試してみませんか。武芸ではありませんが、身を守る力になるはずです。


 研究員——フリアンと共に研究室に向かうと、彼はそこで魔法について説明してくれた。


 曰く、魔法の種類は聖魔法のみだと世間一般には思われているが、実はその他にもう一つ、秘匿された種類あり、それを”一般魔法”と言うのだそうだ。

 だがその存在は、王家や王城直属の研究員などのごく一部にしか開示されていない。

 それは一般魔法は聖魔法とは違い、訓練を受ければ誰でも——まして無機物でも——扱える物であるので、争いを避けるためだ。


 その一連の説明を聞いて、ルシアは尋ねる。


「で、なんで私はそんな事を聞けたの?ただの善意じゃないでしょ。」


 元々説明するつもりだったのだろう。フリアンは多少顔を曇らせつつも、心得ているというように頷いた。


「先程、訓練をすれば一般魔法は誰にでも扱えると言いましたが、やはりそれには時間がかかります。それに一般魔法の存在を伝えられる人も限られていますし。

 そのため、人間が扱う一般魔法の研究はまだ遅れているんです。

 ですが!最新の研究で、聖女であれば短期間の訓練で一般魔法を扱えるようになる!と分かりまして。——ですから、そんなわけで、要は、ルシア様に実験台になって欲しい、という訳です、ハイ。」


 フリアンはきまり悪そうに、ボサボサ髪を掻きながら答えた。


 ルシアの唇が美しい弧を描く。

 フリアンの様子には見向きもせずに言った。


「なるほどね。いいわよ。実験台、なってあげる。」


 そうして、ルシアは一般魔法を扱う訓練を受け始めた。


 訓練は、名目上は王家直属研究員からの特別講習ということになっていたので研究室の人間以外にばれることは無かった。


 そうしたある折、ルシアはフリアンに比較的研究が進んでいるという、魔法を扱う無機物をいくつか見せて貰った。


 それらは一見ただの石や粉のようだったが、よく見ると周りに火花が舞っていたり、小さな水溜りができていたりした。

 無機物が”扱う”というより”扱わせている”という表現が正しいのかもしれない。


 フリアンによると無機物は人間と違って、全ての物が魔法を使える訳ではなく、また、人工的に生み出すことも出来ないのでとても貴重な物であるらしい。

 さらに、無機物の扱う一般魔法には、人の扱うものと違い、属性というものがあるのだとも教えられた。


 今、ルシアの目の前にあるのは、その時見た物と全く同じ、火属性の石だった。


 頭の中に様々な疑問が浮かんでは消えたが、最後に残ったのは意外にも——ラモンは助けに来るのかということだった。


 そして、その答えはもう出ていた。


 覚悟を決めたルシアは、ひとつ大きく息を吐き出すと、そのまま息を止める。

 今にも放り投げられようとするその石をじっと見つめながら眉間に力を込める。


 途端、光の線が現れて、その石を弾いた。


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