第9話 ルシアは呼び名を考える。
——いじょ様。聖女様。
ラモンに呼ばれ、ルシアは目を開ける。
いつの間にか寝てしまっていたようだ。
身体を起こして窓越しに外の様子を伺う。馬車は大通りの路傍に停まっているようで、窓のすぐそばには藍色を背景に橙に光る街灯が見えた。夜の帳はもう下りているようだ。
「聖女様、着きましたよ。って言ってもプロレタウノではないですけど。」
ラモンが言うには、プロレタウノは一日で行くには遠すぎるので、一旦、その前にある街の、ここ、メドソルムで一泊してからまた向かうのだそうだ。
ラモンはルシアに説明し終えると、馬車から降りてルシアに手を差し出した。
「さ、行きましょう。」
ラモンのその声を聞いて、ふと疑問が湧いたが、口にはせず、ルシアはラモンの手を取った。
ラモンと並んで、街灯が照らす静かな道を、宿を目指して歩く。
宿はラモンが目星をつけていたらしい。
御者は、国から手配された者なだけあって既に他の宿が用意されているらしく、馬車から出たルシア達を見送ると、とっとと他の場所へ行ってしまった。
ルシアは歩きながら言う。
「さっき思ったんだけどさ、私もう聖女じゃないし、聖女様、って呼ぶのやめない?出会った人に元聖女だってバレるのも、なんていうか、気まずいし。」
言いながら、気まずいからではないだろう、と自分を叱責する。
元聖女だとバレるのが嫌なのは、聖女ルシアが国民に嫌われていたと自覚しているからだ。
そんなルシアの胸の内を知ってか知らずか、ラモンが答える。
「それもそうですね。じゃあ、なんだ、ルシア、ですか。」
ルシアの頬が僅かに赤くなる。
気恥ずかしさを隠すように言った。
「まって、なんで急に呼び捨て?もっと、ルシアさん、とか、苗字呼び——は、私聖女で苗字無いからできないけど……。
あ。あと、敬語もやめない?ラモンも、もう従者じゃないんだし。」
ラモンは眉をへの字にしながら頷いた。
「はあ。まあ、いいですけど。じゃあ、改めて、よろしくお願いします。ルシアさん。」
ルシアは咄嗟に口を震わせながら言った。
「な、なんか、キモい!!」
ルシアの言葉を受け、ラモンが目をかっぴらく。
「はあ!?そっちがそう呼べって言ったんじゃないっすか!」
「あ、敬語!」
「言ったんだろ!」
ルシアは顎に手を当て考え込む。
そんなルシアの様子を横目にラモンが言う。
「そっちも俺のこと呼び捨てなんだし、やっぱ、ルシア、でいいでしょ。さっきも言ってたけど、もう対等な関係なんだから。」
ラモンの言葉を聞いて、ルシアははっとした。
対等——そう。対等なのだ、ルシアとラモンは。もう、従者と主人の関係ではない。
なんとなく距離が近づいた気がして、微笑みながら頷いた。
「うん。いいよ、ルシアで。」
急に態度を変えたルシアにラモンは腑に落ちない様子で、それでも口元からは微笑が漏れていた。
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