第3話 聖女は帰る場所を無くした。
次の日、ルシアは城の自室で目覚めた。あれほど全速力で逃げても、帰れる場所は結局城だけだった。
ルシアの実家は、ルシアが聖女になった際に家庭内暴力も同時に国に見つかり、取り壊されていた。
つまり、今ここで追放されたら、ルシアは帰る場所が無くなることになる。
(けれど大丈夫。きっとどうにかなる。どこに飛ばされるのかもわからないけれどできるだけ生きて、無理なら野垂れ死ぬだけ。)
そんな風に思い巡らせながら少しすると、侍女がやって来て王からお呼びが掛かっている、と伝えられた。
ルシアは特段驚きもせず、支度をしようと鏡の前に立つ。
暗い青の目に淡い金色の髪。脚の長さも顔の美醜もいつも通りのルシアだった。
こんな日くらい綺麗になれたっていいのに、と思いながら一人、支度を始めた。
支度を終え謁見の間に向かう。
昨日まではあんなにウキウキしていたのに、実際にその日がやってくると、どうしたって落ち込んでしまう。
それに今日はいつにも増して、通る人々の陰口が多い気がした。きっと気のせいではないだろう。
謁見の間の前に出るとルシアは言う。
「聖女ルシアです。王に謁見賜りたく参りました。」
扉の奥から声がする。
「入りなさい。」
扉を潜ると、まず最初に白い大理石の壁が目に入る。そこには国旗の意匠をモチーフにしたタペストリーが並んでいる。王が座っている玉座も、タペストリーと同じ色調で作られていた。
ルシアが軽く挨拶をすると、早速王は言った。
「儂が其方を呼んだ理由は分かっているな。」
ルシアは殊勝に頷く。
「はい。して、私はどこに行くのでしょう。」
「プロラタウノだ。」
ルシアは大袈裟に目を見開いた。
「プロラタウノ…ですって!?」
ルシアは思った。
(……どこだろ。)
ルシアは勉強が苦手だった。
王はそんな彼女の仕草を気にする風もなく言い進める。
「ああ。未開拓の地故其方には領主として開拓を進めて貰いたい。聖女ルシアは追放される身故爵位は与えられぬがな。其方の頑張りを期待している。」
爵位を持たぬ領主——社交界でもまことしやかに、しかし確実にいるものとして話される存在だ。ごく少数、そういった人材を雇っている人間がいるらしい。
噂によると、要は土地を治める貴族の陰でまるで誰にも知られない幽霊のように、その領地の運用をする人物なのだそうだ。——そんな不正紛いの事物が王に認められているとはルシアも今まで思っていなかった。
ルシアは答えた。
「ありがたいお言葉です。して、陛下。…ひとつだけ、よろしいですか。」
王が答える。
「…許す。」
ルシアは言った。今まで彼に世話になった全て、ありったけの思いを込めて。
「……本当に!…今までありがとうございました!」
深く、深く頭を下げる。
ルシアをあの地獄のような実家から連れ出してくれたのは間違い無くこの王だった。
ルシアが役立たずの聖女となっても見捨てずにここまでルシアを保護し、城で育ててくれたのも王だった。
ルシアが人々から侮蔑されるようになっても、彼とその周りだけはそれまで通りに接してくれた。
だからこそ、ルシアもここまで生きてこれた。
ゆえにルシアは今、清々しくも、落ち込んだ気持ちでいたのだ。
「……ああ。」
王はその皺のある目尻に微笑みを湛えて言った。
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