第2話 聖女は逃げた。

 ルシアは従者に言った。

「よし、逃げよう。」

「は?」

 そう言うやいなや、ルシアは従者を抱えて、ホールを走り出した。

 ルシア達を取り囲むように壁になっていた野次馬達が皆一様に驚き、慌てながら、ルシアの進路を退く。

 ルシアに、無様にも小脇に抱えられながら、従者、ーーラモンは言った。

「え、なんで逃げるんすか。別に俺達なんもやましい事してないっすよ。」

「や、まあそうだけど。でもなんか、ずっとあそこにいるのも気まずくない?どうせ私の追放は決定事項なんだろうし、私がいなくても勝手に話進むでしょ。」

 そう言いながらルシアは玄関ドアを開けた。

「だからってこんな急がなくても…。」

「別に急いでないよ。」

「え?でもこんなにダッシュで、かっ飛ばして…。えじゃあなんでこんな走ってるんすか。」

 ルシアはその質問には答えなかった。ただただ、暗い夜の冷たい風を切りながら走る。

 ルシアは今清々しい気分だった。踊り出したいような、走り出したいような、縦横無尽に芝生の上を転がりたいような。


 こんな日をずっと待っていたのかも知れない。

 毎日知らない誰かからの侮蔑に耐え、上手くもできない仕事を黙々とこなす日々から、こんな風に逃げ出せる日を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る