第11話

 ベッドの上で彼が漏らした声は、

 どこか懐かしい子どものようだった。


「……っ、あ、やばい……」


 言葉の切れ目、呼吸の浅さ。

 それら全てが、彼の“無防備さ”をさらけ出していた。


 こんな声、あの子には絶対聞かせてなかった。

 私だけが知ってる。

 私だけが、彼の“最奥”に触れられる。


 私は、心の中でそう呟いた。

 これは愛じゃない。

 これは、支配だ。



 その夜、彼は三度、私を求めた。

 疲弊して、呼吸すら乱れたまま、私の胸元で眠った。


 私はその横顔をじっと見つめながら、スマホを手に取る。


 《彼氏くん、私の部屋で寝てるよ。可愛い寝顔。見せてあげようか?》


 ――送る相手はいない。

 彼女はもう、SNSもLINEも、なにもかも消してしまったから。


 でも、送る“つもり”だけで、十分だった。


 この衝動に、誰かが引いてくれなくていい。

 もう、私の中に“理性”なんて、必要ない。



 翌朝、彼は私の布団の中で目を覚ました。


「……俺、昨日、やばかったよな……」


「うん、可愛かった。何度も名前呼んでたよ」


「……マジか」


「……『愛してる』って、三回言った。うち二回は泣きながらだった」


「嘘つけ……」


 彼は枕をかぶって、うめいた。

 その仕草すら、私は可愛くて仕方なかった。



 彼がシャワーを浴びている間、私はクローゼットを開く。


 中には、あの子から彼に贈られたマフラーがある。

 彼の部屋から“借りてきた”もの。


 私はそれをハサミで静かに切り裂いた。


 半分は、ゴミ袋へ。

 残りの半分は、自分のスカーフとして再利用する予定。


(全部、私のものになっていく)


 彼の過去も。彼の未来も。

 ひとつずつ、ゆっくりと、丁寧に。



 その夜、彼はもう一度来た。

 そして、自分の合鍵を差し出した。


「……よかったら、使って」


 私は何も言わず、受け取った。



 でも、笑顔の裏で、ふと思う。


(次に壊すとしたら、誰を選ぼうか)


 もしかしたら私は、

 “彼”そのものより、

 「壊して自分のものにする」 という行為自体に取り憑かれているのかもしれない。


 でも、それでもいい。

 彼が堕ちきるまでは、ちゃんと飼ってあげる。

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