第9話

 私、たぶん本当におかしくなってるんだと思う。


 授業中、彼がボールペンを落としただけで反応してしまう。

 視界の端に彼の横顔が映るだけで、身体の奥がじわりと熱を帯びる。

 廊下ですれ違うたびに、無意識に呼吸を整えている。


(なんでこんなに“見返り”を欲しがってるんだろう)


 私は彼と“そういう関係”になった。

 でも、まだ足りない。

 彼が振り返るたび、最初に私を探してほしい。

 誰かと目が合うたび、心の中で私の名前を呼んでほしい。


 もっと。もっともっと。

 “彼女”がいた時間ごと、塗り潰したい。



 今日、彼女は学校を休んだ。

 グループLINEで「体調不良」とだけ書き込まれたスタンプ付きの投稿。


 誰も深くは触れない。

 きっと、もう噂になっているから。


 彼が浮気してるらしい、という話。

 相手は、よく一人でいる、あの女。

 ――私のこと。



 私は、笑われてもいいと思ってる。

 汚い女だって言われても、全然平気。


 だって、“それ”よりずっと気持ちいいことを、私は知ってしまったから。


 ――人の関係を壊す快感。


 彼の恋人を、“私の彼”に書き換える背徳感。


 そして何より――

 彼が、私の手のひらで悩み、葛藤し、苦しんで、

 でも最後には、私に“堕ちていく”過程。


 どんな高価なプレゼントよりも、

 どんな優しい言葉よりも、

 あの目に浮かぶ戸惑いと快楽が、たまらなく愛おしい。



 夜、ひとりになって、スマホを開く。


 彼の彼女――いや、“元カノ”のSNSを見る。


 非公開になっていたアカウントは、今日になって削除されていた。


(逃げたんだ。私からも、彼からも、現実からも)


 それを知った瞬間、胸の中で何かが弾けた。


 私は、笑った。声が出るほど。

 止まらなかった。涙が出るほど笑った。


 でも、ふと思った。


(あの子、今なにしてるんだろ)


 泣いてるのかな。ベッドの中で、うずくまってるのかな。


 ……想像するだけで、下腹部が熱くなる。


 私、ただ一度でいい。

 彼女の泣き腫らした顔を見下ろしながら、足で踏んでみたい。


 「ほら、見て。あなたの大好きだった彼、こんな顔で私にイってたよ」


 ――そう言って笑いながら、上から潰してみたい。



 欲望は止まらない。

 もっと彼を独占したい。

 彼が見ていた世界を、全部、私だけにしてほしい。


 愛されたいんじゃない。

 従わせたいんじゃない。


 支配されてる自覚がないまま、心の奥から“私だけ”になる瞬間がほしい。

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