第4話 アフターデートの怒り

 あれからほぼ一週間。そして、ここ数日は、夏を思わせるような、こめかみに汗が流れてくる日と、首筋がぴりっと引き締まるような涼しさを感じる日とが、交互にやってきて、何とも不安定な日が続いている。

 夕べ綾子から電話で、明日の午前中に、綾子は大学の食堂でT子さんと会い。そして、午後に、新宿で正樹と待ち合わせをしたい。ということになった。

 電話を受けた正樹は綾子に言った。

「どうせまた、変なバイトのコンパニオンガールへの誘いだろう。下村も来るのか?」  「下村さんは来ないわよ・・・・わたしのようなブスの所にはね。・・・・彼はいつも是非とも出て欲しいと願う美人の所に花束をもって参上よ・・・・」

「俺だったら、メガネ外してメイクをやり直した綾子のところにいくけどな・・・・」

「正樹、ありがと・・・・冗談でもそう言ってくれると自分に自信がわいてくるよ」


昼食時、学食は結構混んでいる。その中でも鼻にかかったT子の声は響いている。

「ねえーねえー、この間はごめんね、待機組のままにして、その後、何も連絡しなくてごめんね。あのあと、後始末が大変で・・ごめんね・・・・下村君を手伝って、次のイベントもうまくいくようにって、今回の反省と次への課題を解決するために会社の方とぎりぎりまで詰めたのよ・・・・本当に忙しくてごめんね・・・・次からしっかりコンパニオンに入れるようにするから・・」

「いいよ・・・・気を遣ってもらわなくても・・今の話で十分に心遣いが伝わってきたから、そんなに言わなくても結構よ・・・・それにねぇーわたしこのサークルやめることにしたので・・・・T子さんには良くしてもらったのに、ごめんね・・・・」

「何を言い出すの・・・・もう次のイベントがスタートするの。だから今日こうして綾子に会いに来たんじゃない。次は必ずコンパニオンガールに抜擢されるはずだから、また、一緒に頑張ろうよー」

「T子さん、本当に気をつかわなくても、もういいのよ・・・・。自分でもよく分かっているから・・・・」

「そんなことないよ・・・・あなたの良さは、このわたしが一番よく理解しているから・・・・」

「T子さん、今までありがとう。わたし一緒に楽しんだり、悩んだりできる人みつけたから、もう大丈夫よ・・・・」

「そんなこと言わないで、縁あって今まで付き合ってきたんじゃない・・・・」

「ううん、本当にもういいの・・・・」

「ねえーもう少し、様子を見ようよ・・・・綾子がまた一人寂しくなるかもしれないから・・・・ねぇ」

 綾子と会ったT子は、綾子の微妙な心変わりを感じていた。いつもだったらT子のペースにはまり、綾子はコントロールされて、次のイベントの話にのってくるんだけれど、今日はちょっと様子が違うようだ。

(いったい彼女に何があったのだろうか)T子は綾子の心の変化をよめないでいた。

 しかし、T子は、いつものように時間がたてば、綾子は以前のように戻ってくるんじゃないかとも思っていた。

 しかし、一抹の不安もぬぐいきれずにいるのも事実だった。つまり考えれば考えるほどに危険が大きくなっていく。だから、T子はあえて深追いせず、次にまた会う約束をして綾子と別れた。

 こういう集団は一人でも欠けると、そこから砂が崩れるかのごとく不安が伝染し、次々に他の娘(こ)もやめていくことになる。そして、やがてはへんな噂が広まって二度度立ち直れないような打撃が放たれる。


 その日の午後には、綾子と正樹は新宿で会った。

 綾子はコーヒー色のロングスカート、そしてボディーにフィットしたグレーのTシャツ、そして、何とも派手な縞々模様の靴下を履いている。トータルとしては、なんとも不思議なコーディネートである。店にはトリオのジャズが静かに流れている。

 アイスコーヒーを飲む綾子は、ストローをいじりながら、正樹にT子との話をしている。


「今度またイベントやるんだって、T子の話だと今度は、必ずコンパニオンにしてくれるんだって・・・・だからもう少し一緒にやらないかだって」

 あきれた顔で正樹が言い出した。

「うそだろ・・・・今まで何度もコンパニオンのチャンスがあったはずなのに・・・・」

「綾子はコンパニオンになれなかった。だったら、向こうから『もうやめたら・・・・』ってあっちから言ってきてもおかしくないと思うんだけれど」

「なぜ、言ってこなかったのかなぁ・・・・綾子って何か特別なもの何かもっているの・・・・」


「例えば、家が特別だとか・・・・特別な社会的地位のある家柄だとか?・・・・」

「そんな・・・・何もないんじゃない・・・・親だって普通だし、家だって大きくないし、おじちゃんが輸入品の商売してるかな、でも有名じゃないし、特別なことなんか何もないわよ・・・・」「ふーん、確かにね・・・・お前、人とは大きく異なる特別な何か力とかないわけー」

「あるわけ無いでしょ・・・・もしあったらもっと特別な生き方してるわよ・・・・」

「なるほどねぇー、確かに、何にもないわなぁー」

「でもさ、奴らはさ・・・・何か私のこと、誤解してるように思うところがあるんだけど・・・・」

「何よ・・・・お前が魔法使いだとか、お前に睨まれると石になるとか・・・・そんなたぐいか・・・・」「まあ似てないわけではないけど・・・・」

「何よ・・・・またたわいもないことだろう・・・・」

「そうね・・・・わたしさぁ、T子さんに、笑い話でお近づきの印に、そうそんなつもりで、ちょっとしたコツで曲がるスプーンを曲げるところをみせたら、すごくびっくりしてさ、あなた特別な力を持っているのねって、すごく勘違いして、感心しちゃってね」

「そして・・・・そのことを、みんなにギリシャ神話のメドゥーサみたいに、大げさにおもしろおかしく話したみたいで・・・・」

「でもさぁ、女の子って、そんな話を聞くと、スプーンを曲げたことだけが一人歩きして、その力が本当だろうが嘘だろうが関係なくて、普通じゃないことが話題でさ・・・・それがみんなの興味をそそってさぁ・・・・それから変な目で見られるようになってさぁ」

「みんなが私と目を合わせないようにしたり、やがては私をさけるようになったりしたわけ・・・・だからさ、わたしが見つめるとみんな逃げちゃうから・・・・わざとこんな分厚い眼鏡をかけるようになったわけよ」

「T子さんは、わたしが辞めるとなると・・・・辞めさせたのは自分じゃないかって、みんなから疑念を抱かれるから」

 正樹は、冗談交じりの綾子のメドゥーサとか特別な力よりも、今は、現実に起きたコンパニオン犯罪行為の方に興味があったから、正樹は急に話を変えると。

「でもさ・・・・下村達のあの夜の罪は、ものすごく大きな罪だと思うよ・・・綾子はあの娘(こ)たちをどう思っているの・・・・まかり間違えば自分だったかもしれないじゃないか」

「だからさぁ、わたしさぁ・・・・あの夜のビルから出てくる女の子達の姿がなんだかかわいそうで悔しくて耐えきれなくなったのよ」

「私だったら、あんな知らない人と一緒に夜を過ごしたいと思わないわ」

「下村やT子さんに、女の子たちの夜を決める権利なんかどこにもないはずよ・・・・」

 綾子は興奮してテーブルを思い切りたたいた。すると、周りの客がびっくりして一瞬のけぞった。綾子はまだ興奮していた。


「大学の食堂でT子と分かれた後に、中庭で偶然、光子に会ったのよ。あの夜、男とアフターデートに行った光子よ」

「彼女はわたしを見つけると、ずんずん近づいてきて、目の前に立ちはだかったのよ。彼女の顔をよく見ると右頬に薄く痣のようなあとが残っていたの。そこで、どうしたのって聞くと、声を落として話し出したの」

「・・・・あのバイトの夜、彼女が一緒だった男は中西といって、有名な繊維メーカーの社員だったらしいの・・・・はじめのうちは意気投合して、いい雰囲気でその男とバーで歌って、飲んで二人楽しく過ごし他らしいの」

「そして、その後二人はラブホテルに行ったらしいんだけど、部屋に入って、二人きりになったら、いきなり暴力をふるってきて・・・・後のことは聞くに堪えないような扱いを受けたらしいのよ・・・・」

「そして、光子はその後、顔が腫れて痣ができて大変だったようよ」

 光子さん大変だったわねっていうと。目をつり上げて、ものすごく怒った顔をして。

「・・・・あなたのもっている不思議な力で奴をおとしいれてくれって・・・・わたしさぁ、光子に復讐を頼まれたのよ」

「でもさぁ、わたしは特別な力なんてないから・・・・と正直に話して、ごめん、申し訳ないけど・・そんな力ないし、そもそも人をおとしめたことないし・・・・できないわって言ったのよ」

「すると、光子はねぇー、最後の願いが棒に振られたような、すっごく恨めしそうな顔して、目に一杯涙をためて見つめてきたの、そして『わたしあなたをあてにしてきたのよ・・・・この辛い思いをだれにぶつければいいの』・・・・彼女は震える手で涙を拭いて唇から血が出るくらいにかんで、わたしに掴みかからんばかりの勢いで迫ってきたの・・・・すごく怖かったわよ・・・・だから力になれることがあったら、かならず協力するって言ったわよ」

「おいおい、お前なぁ、光子さんにそんなこといって、本当に何かできるのかよぉ・・・・正直できないよなぁー」

 正樹は綾子から光子さんの切なく苦しい気持ちを聞くと、痛いほど彼女の気持ちが伝わってきた。そして、彼女を思えば思うほどに、自分たちが無力であることがさらに苦しく惨めに思えてくる。正樹も綾子も光子さんのために何もできないことの辛い気持ちがわだかまったままだった。


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