第6話:首をかしげる女
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前回投稿動画「喋る公衆電話」視聴数:342回
最近、TikTokで“首をかしげる女”というワードが妙に流行っている。
心霊系アカウントがよく使っていて、
「夜の団地の階段で目撃される」
「首の角度が異様」
などと紹介されているが、どれも決定的な映像はない。
水島は「それっぽい話を追ってみよう」と軽いノリで、コメント欄に寄せられていた団地の情報をもとに、ロケを決行することにした。
撮影当日。深夜0時過ぎ。
水島はスマホを三脚に固定し、団地の外階段の下から配信をスタートする。
「というわけで今日は、“かしげ女”を探しに来た。まあ噂なんて大抵ガセだから、軽く撮って終わりかな」
団地は5階建てで、全戸の灯りは落ちていた。
外階段には古い蛍光灯が1つだけ点いており、ゆっくりと明滅を繰り返していた。
水島は階段を一段ずつ登りながら、何も映らない闇を淡々と実況していく。
「はい、2階。何もなし。3階……お?」
3階から4階へと差しかかった時だった。
踊り場の奥、共用廊下の突き当たり。
薄暗い非常灯の下に、誰かが立っていた。
――首を、かしげた状態で。
「……いた? いや、マジ?」
水島はその場に立ち止まり、スマホのズームを使って撮影を試みる。
だが、カメラがピントを合わせると同時に、
その人影はふっと横を向き、音もなく廊下の奥に消えていった。
「今の……人だよな? え、見えた?」
コメント欄もざわつく。
「いた」「ガチで首かしげてた」「見逃した」
水島は一瞬ためらったが、
「行ってみるしかないでしょ」とつぶやき、撮影を続行。
問題の踊り場に到着。
だが、そこには誰もいなかった。
水島は廊下を一通り確認し、ため息をつく。
「やっぱり見間違い……にしても、タイミング良すぎたな」
そして、最後にガラス窓を背景に自撮りするような形で、
軽く締めのトークを始める。
「まあ、バズるような映像にはならなかったけど……」
そのとき。
ガラスに映った自分の姿が――わずかに首をかしげていた。
だが、水島自身はまっすぐ立っている。
「…………え?」
一瞬、声が出なかった。
もう一度ガラスを見る。
映っているのは自分。
けれど、その首の角度だけが、どうしても“他人”に見えた。
「……っ!」
水島は言葉を発さないまま、配信を切った。
配信は、10分ほどでぶつ切りになっていた。
映像は残っていたが、途中からノイズがかかり、
最後の1分間は“無音”になっていた。
コメント欄には、翌朝になってもざわつきが続く。
「あれって“かしげ女”じゃない?」
「いや、ガラスに映ってたの、“女”じゃなかったよね?」
「むしろ、水島さん自身が……」
TikTokに切り抜きが出回る。
“水島のガラス映り”だけをアップにした
不気味なスローモーション動画がバズり始める。
【後日談】
動画がバズっても、水島の気分は晴れなかった。
見慣れた自分の顔――けれど、どこか違う“それ”が、首をかしげて笑っている。
あのガラスの映りこみを何度見返しても、どうしても“他人”に見える。
「本当に、俺だったか……?」
そう呟く自分の声すら、少しだけ“他人”のものに聞こえた。
水島は、“かしげ女”に関する情報をあらためて探す。
その中に、ひとつだけ気になる書き込みがあった。
「かしげ女は、“もう一人の自分”が形を持った存在だって話がある」
「あれに出会った人間は、しばらく“自分の動き”が信用できなくなるらしい」
──まるで、自分の身体を誰かに“先読み”されているような感覚。
目をそらした隙に、動かされているような――
そんな話だった。
それを読んだ水島は、ふとスマホの前カメラを起動して自撮り画面を開く。
そして、気づく。
画面の中の“自分”が、ほんの一瞬だけ――わずかに首をかしげていた。
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投稿動画「首をかしげる女」視聴数:482回
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