第6話:首をかしげる女

「異常事態調査室」登録者数:174人(+23)

前回投稿動画「喋る公衆電話」視聴数:342回


最近、TikTokで“首をかしげる女”というワードが妙に流行っている。


心霊系アカウントがよく使っていて、

「夜の団地の階段で目撃される」

「首の角度が異様」

などと紹介されているが、どれも決定的な映像はない。


水島は「それっぽい話を追ってみよう」と軽いノリで、コメント欄に寄せられていた団地の情報をもとに、ロケを決行することにした。


撮影当日。深夜0時過ぎ。


水島はスマホを三脚に固定し、団地の外階段の下から配信をスタートする。


「というわけで今日は、“かしげ女”を探しに来た。まあ噂なんて大抵ガセだから、軽く撮って終わりかな」


団地は5階建てで、全戸の灯りは落ちていた。

外階段には古い蛍光灯が1つだけ点いており、ゆっくりと明滅を繰り返していた。


水島は階段を一段ずつ登りながら、何も映らない闇を淡々と実況していく。


「はい、2階。何もなし。3階……お?」


3階から4階へと差しかかった時だった。


踊り場の奥、共用廊下の突き当たり。

薄暗い非常灯の下に、誰かが立っていた。


――首を、かしげた状態で。


「……いた? いや、マジ?」


水島はその場に立ち止まり、スマホのズームを使って撮影を試みる。

だが、カメラがピントを合わせると同時に、

その人影はふっと横を向き、音もなく廊下の奥に消えていった。


「今の……人だよな? え、見えた?」


コメント欄もざわつく。


「いた」「ガチで首かしげてた」「見逃した」


水島は一瞬ためらったが、

「行ってみるしかないでしょ」とつぶやき、撮影を続行。


問題の踊り場に到着。

だが、そこには誰もいなかった。


水島は廊下を一通り確認し、ため息をつく。


「やっぱり見間違い……にしても、タイミング良すぎたな」


そして、最後にガラス窓を背景に自撮りするような形で、

軽く締めのトークを始める。


「まあ、バズるような映像にはならなかったけど……」


そのとき。


ガラスに映った自分の姿が――わずかに首をかしげていた。


だが、水島自身はまっすぐ立っている。


「…………え?」


一瞬、声が出なかった。


もう一度ガラスを見る。


映っているのは自分。


けれど、その首の角度だけが、どうしても“他人”に見えた。


「……っ!」


水島は言葉を発さないまま、配信を切った。



配信は、10分ほどでぶつ切りになっていた。

映像は残っていたが、途中からノイズがかかり、

最後の1分間は“無音”になっていた。


コメント欄には、翌朝になってもざわつきが続く。


「あれって“かしげ女”じゃない?」

「いや、ガラスに映ってたの、“女”じゃなかったよね?」

「むしろ、水島さん自身が……」


TikTokに切り抜きが出回る。

“水島のガラス映り”だけをアップにした

不気味なスローモーション動画がバズり始める。


【後日談】

動画がバズっても、水島の気分は晴れなかった。


見慣れた自分の顔――けれど、どこか違う“それ”が、首をかしげて笑っている。

あのガラスの映りこみを何度見返しても、どうしても“他人”に見える。


「本当に、俺だったか……?」


そう呟く自分の声すら、少しだけ“他人”のものに聞こえた。


水島は、“かしげ女”に関する情報をあらためて探す。

その中に、ひとつだけ気になる書き込みがあった。


「かしげ女は、“もう一人の自分”が形を持った存在だって話がある」

「あれに出会った人間は、しばらく“自分の動き”が信用できなくなるらしい」


──まるで、自分の身体を誰かに“先読み”されているような感覚。

目をそらした隙に、動かされているような――

そんな話だった。


それを読んだ水島は、ふとスマホの前カメラを起動して自撮り画面を開く。


そして、気づく。


画面の中の“自分”が、ほんの一瞬だけ――わずかに首をかしげていた。


「異常事態調査室」登録者数:174人(+23)

投稿動画「首をかしげる女」視聴数:482回


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る