ミチタカの災難

「うおおおおおおお!!イリーナ、イリーナァァァ……」


ここは酒場『Jail House』。

テーブルの端では、悲しげに呻き声を上げる忍者の男、ミチタカが背を丸めてオハギを頬張っていた。

度数の強いアルコールで胃に流し込み、胃痛に苦しむ姿は惨めで、哀れで、見苦しくて、酷く情けなかった。


そんな彼の元に、一人の人物――果たして人と認識していいのかは甚だ疑問だが、ピョコピョコとやってくる。


「メソメソしてどうしたんだい?ミチタカくん」


ミチタカに声を掛けたのは、チームメイトのイクナグンニスススズ。

本人は黄色くて丸い、愛嬌のある身体がチャームポイントだと思っているが、ミチタカにとっては、黄ばんでブヨブヨとした酷く醜い身体にしか見えなかった。


「うるさい、あっちへ行け。俺は今悲しいんだ。お前の相手をしている余裕などない」


ミチタカはスススズを冷たく突き放す。

しかし、彼女はそんなミチタカの態度を気に留めず、ヘラヘラと笑いながら、彼の対面にドカリと座り込んだ。


「遠慮しなくていいよ。ボクと君との仲じゃないか。ほらほら、お姉さんに相談してごらん。君はもう“家族ファミリー”だろ?」


――俺はお前の“家族ファミリー”では無いし、お前がお姉さんだと?酷い冗談だ。


普段ならそう口にしているミチタカだったが、彼の精神は過去最高に参っていたため、気の迷いか、スススズに相談することを選んでしまった。


「実はな、イリーナと大喧嘩をしてしまったんだ」


神妙な面持ちでミチタカは語る。


「珍しいね。君たちが喧嘩するなんて。ミチタカくんは一体何をやらかしたんだい?」


スススズは机に身を乗り出し、ミチタカをじっと見つめて問いかけた。


「俺がやらかした前提で、話を進めるな……少なくとも、今回は違う」


ミチタカは酒でひりついた喉を癒すため、水を一息に飲み干す。


「ゆうべ、冷蔵庫のプリンが無いってイリーナが怒り狂っていた。何でも、2人で食べる為に買っておいたとっておきのプリンだったんだと。それが2個とも空になってゴミ箱に捨てられていたらしい」


「あー。近頃噂の“食べ尽くし系男子”ってやつ?罪な男だねぇ、君ってやつは」


「だから俺じゃないと何度言えば分かる。俺に食べた記憶は無いし、イリーナを怒らせたら不味いのは常日頃から理解させられている」


ミチタカは彼女がチェーンソーを振り回し、自分と心中しようとした時のことを思い出し、思わず身震いする。


「じゃあ、第三者が食べたってこと?」


スススズが180度首を傾げる。


「まあ、そうなるだろうな……ん?待てよ、お前、最近、家に来てなかったか?」


「そういえば、行った気がするね」


「……お前、プリン好きだったよな」


「プリンが好きってわけじゃないけど……、何、ボクのことを疑ってるの?」


「当たり前だろう。お前という奴は人に害しかもたらさない畜生だ」


ミチタカが疑いの眼差しを向けると、スススズはボコボコと身体の表面を泡立てて膨れ上がっていく。


「失礼な!ボクはいつものようにイリーナとお話をした後、名前の書かれていないプリンを2つ食べただけだよ!!」


ミチタカは思わず立ち上がり、スススズの胸を掴む。


「やっぱり食ってるじゃないか!!」


スススズは狼狽し、身体を元のサイズに戻す。


「え、アレのことだったの!?ご、ごめん。まさか君たちに、自分の物に名前を書くという教養が無いとは思わなくって……」


「書くわけねえだろ!!あそこは俺とイリーナの家だ!!誰が第三者を想定して名前を書くんだよッ!!!」


ミチタカは掴んだスススズを力いっぱいぐわんぐわんと揺さぶり、背負い投げの要領で床に叩きつける。


「……はぁ、どうしたらいいんだ」


彼は息を整えると、席に座って深く項垂れる。


「……ミチタカくん。1つ解決案があるんだけど」


「お願いだからあっちに行ってくれ、スススズ……」


ミチタカの願いも空しく、スススズは彼を無視して話を進める。


「ボクの身体って、プリンの味がするらしいんだよね」


「は?」


ミチタカはスススズの発言を理解できなかった。

いつもスススズの戯言を聞き流す、酒場のマスターですらも手を止めていた。


「だから、ボクの身体の一部をもぎ取って、イリーナちゃんに食べさせたらどうかな?」


「駄目に決まっているが」


即答した。

当然だ、得体の知れない化け物の身体を最愛の恋人に食わせる狂人がこの世界のどこにいるのだろうか。

それがさも当然かのように常識を凌駕する思考を持つスススズは、やはり人類が相容れる存在ではないのだとミチタカは再認識した。


「なら、プリンを買って謝るしかないよね。ほら、ボクも一緒に行ってあげるからさ。早く行こうよ」


「お前のせいだから俺が謝る必要はないし、買いに行く必要もない。一人で行け」


「でも、ミチタカくんが買ってあげたら、イリーナちゃん喜ぶと思うけどなぁ」


「……一理あるな。スススズ、お前は人の心を理解できない癖にそういう所には気が回るんだな」


「逆だよ。君たちがボクを理解できないのさ。それに、ボクは“家族ファミリー”を幸せにしたいだよ」


無意味な日常を終え、21世紀クレイジーシスターズの参謀と邪神は今日も街へと消えていく。

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イクナグンニスススズのショートショート こいえす @koiesu

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