イクナグンニスススズのショートショート

こいえす

天才魔法少女、アリシア

──戦災孤児の少女がいた。

濁った川のそばで、空を睨むように見上げていた。

雨が降っていたが、彼女はまるでそれに気づかないかのように、濡れたままだった。


「やっほー、かわいい子だね。泣いてるの?」


背後から、奇妙な声がした。

ふわふわと浮かぶ、黄色くてぶよぶよとした、ひれ耳がぴょこぴょこ動く、異形の“なにか”。


アリシアはすぐに魔物だと気づき、魔法を放つ。

子供ながら強烈な一撃が、確実に対象の腹を貫くが、魔物は何事もなかったかのように、こちらへと近づいてくる。


「ひっ……」


怯えるアリシアを気にもせず、化け物は、ただニコニコと彼女を見て笑っていた。


「僕に魔法は効かないよ。でも君、中々良い腕をしているね。誰かから教わったのかな?」


アリシアは口を開かない。

目の前に浮かぶ、黄色い悪魔を据えた相貌でじっと見つめていた。


「ああ、自己紹介がまだだったね。ボクはね、イクナグンニスススズ。スススズって呼んでいいよ。君のおじさんから頼まれて、こっちに来たんだ。誰でもいいからアリシアを助けてくれって。君にとって、助けって何かな?食べ物?寝床?それとも……家族?」


アリシアは唇を噛み締める。

幼いながらも、大切な人の死を理解していたから。

だが、彼女の目に涙は浮かんでいなかった。


「……あれ。いいねぇ、その目。強いなぁ。そういう子、ボク、すっごく好き。君みたいな子、家族にしたいなぁ……」


スススズの手がゆっくりと伸びる。

黄色い指が、やや原始的な形で、でも妙に丁寧にアリシアの頭を撫でた。


「魔法が強くなりたい?誰かを守りたい?……ボクが、全部教えてあげるよ。その代わり、今日から君はボクの“ファミリー”だからね。もちろん、断ってもいいよ。君の意思は尊重してあげる」


アリシアは黙ったまま、ゆっくりと頷いた。

それが、生き残るための選択であると、聡明な彼女は理解していた。


スススズは満足げに笑った。

黒く艶の無い瞳が、一瞬、妖しく光る。


「うん、いい子いい子。素直な子は嫌いじゃないよ。これからずーっと一緒にいようね、アリシア」


少女に訪れたのは希望の光か、深淵の闇か。

それは、目の前の存在以外には分からない。

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