第6話 疲労困憊

「真桜!結城くんとご飯食べてきな!」

「私達、男を優先したって悪口言うタイプじゃないから!むしろ真桜の幸せ応援したいから!」

「付き合ったら絶対・・・絶対報告してね!」


 真桜は『これは絶対に佐伯ナオの仕込みだな』と思っているうちに全力で教室から追い出されたので、仕方なく蒼梧の教室へと向かった。


 マウンティングされることはあれど、普通に優しくて良い友達なのである。


「だけど・・・ナオくんマジでどんな手を使ったんだろう。って言うか、昨日『蒼梧の世話してくれてるお礼にお茶でも奢らせてくれないか?もちろん、3人で』とか『正直、蒼梧どう?』とか探られたけど・・・結城からの仕込みでない事は確かだろうね。だってあの咀嚼すら省略したがる男が人を使うなんて面倒な事、するわけないもんねぇ」


 独り言をブツブツ言いながら、モヤモヤした気持ちといつもより重たく感じる身体を引きずりながら歩く。

 今は月に一度の女の子の日だ。身体を冷やすと痛みは重くなるので、ブランケットとお弁当を手に教室の外から去年同じクラスだった見知った顔に蒼梧を呼んでもらう。


「どうした真桜」

「ご飯食べよー」

「あー・・・うん」


 寝起きらしくポヤポヤした様子でパンとスマホ、本を取りに行く蒼梧の様子を真桜はジッと見つめる。


 ほとんどスマホか本に夢中な蒼梧と昼食をともにするのは、体調が万全ではない今日はうってつけかもしれない。話さなくていいし、無理に笑わなくていい。

 『だるくて眠い・・・』そう考えながら、蒼梧がよく行くという人通りの少ない階段に案内され、ブランケットを敷いて腰かけた。


「それ、ふわふわでよく寝れそう」

「うん。今度貸してあげるねー」

「やった」


 『ブランケットなんて使ったら、本当に熟睡するだろうねぇ』と思いながら、パンをむしゃむしゃと食べながらスマホを眺めている蒼梧を見る。


 弁当を食べ終わり、ボーッとしながら『この人・・・ホントにあたしの事が好きなの?いや、好きとは言われてないか』と考えている真桜に、蒼梧はぽやっとした口調で呟いた。


「何か今日へん。体調悪い?」

「え・・・」

「顔色悪い気がする」


 ジッと顔を覗き込まれ、真桜は『よく気づいたなぁ』と謎目線で思った。


 だが、本当のことを異性でもあり彼氏でもない男に言えるわけないので、真桜は適当に返すことにした。


「ちょっと疲れてるかも」

「寝る?」

「床冷たいし、無理かな?」

「じゃあここ」


 片膝をポンポンと叩かれ、真桜はキョトンとする。

膝の上に乗れと言われたのである。


「いや、それはちょっと」

「俺、真桜よりあったかいし。ほら」

「わ」


 グッと手を引かれ、下半身をブランケットに包ませて蒼梧の膝の上に落ち着いた。


『近い・・・非常に距離は近いけど、確かにあったかい』


 落ちないように腰に回された手も、抱き込まれた胸も、ポカポカした自分以外の体温は非常に安心できた。


『寝ちゃいそうだなぁ・・・』と思いウトウトしていると、温度のない抑揚のない声が聞こえた。


「寝ていいよ。起こすし」

「・・・ん」

「・・・ホントに寝ちゃうの?押しに弱すぎない?かわいいけど」


 眠る前に聞こえた言葉に反論しようとした真桜だが、瞼が重すぎてそれが叶うことはなかった。

 

 片手に眠っている真桜を抱いて、もう片手で本を読んでいる蒼梧はふと思う。


『ちょろい・・・ちょろすぎる。普通に心配になるぐらいに』


 手に持っていた本を床に置き、すやすやと寝ている真桜を見つめる。

 顔が見たかったので髪を耳にかけてやると、甘える様に身体に頬を寄せられる。真桜の手が縋るように蒼梧の胸元を掴む。


 そんな真桜の行動がたまらなくなり無防備な首筋に顔を埋めると、普段香っている真桜の香りが色濃く感じられる。


『ダメだダメ・・・これはマジでヤバい。洒落にならん』


 そう思い真桜の首筋から顔をあげ、床に置いた本を手に取る。しかし普段よりも読むスピードは緩慢だった。結局、本を読んでは寝顔を見てを繰り返している間に昼休みはとっくに終わってしまった。


 起こすと言ったが、『すやすや寝てるの起こされるのって面倒だよなぁ・・・』と考えた蒼梧は、起こさないことに決めた。


 そしてそのまま小さな身体を抱き直し、自分も寝ることにした。基本的にどこでも熟睡できるタイプであるが、今日は最高の睡眠だった。


「ん・・・え!?まって結城いま何時!?」

「んー・・・あ。部活行かないと。寝過ごした」

「起こしてくれるって言ったのに!うっかりや!」

「大丈夫だって。真桜普段サボったりしないじゃん。体調悪くて休んでましたって言えば余裕」

「とりあえず先生に・・・」


 しわしわの顔をしている腕の中の真桜の頬を撫でる。すっかり近い距離にも警戒しなくなっていて、これは彼氏みたいなもんだよなとポジティブに考えた蒼梧はジッと真桜の唇を見つめる。

 距離を詰めようとしたところで、手のひらに邪魔をされた。


「んむ」

「なんで顔近づける?っていうかキスしようとするの」

「したくなったから?」

「なんだ、コイツ・・・」

「いいじゃん。何でダメなの」

「いや、逆に何でいいと思った?彼氏じゃない人とはしません」

「俺は真桜が」

「ストップ!昨日待ってって言ったよね!?」

「いつならいいの」

「んー・・・心の準備ができたら?」

「む」


 『っていうか、話すたびに手のひらが唇にあたってくすぐったい』と思いながら真桜は膝の上から降りるので、名残惜しくなった蒼梧は言う。


「今度泊まりに来てよ。真桜抱っこして寝ると上質な眠りになる」

「あたしは抱き枕でも暖かい布団でもありません」

「ケチ。俺だけの枕になってよ」


 そんなやり取りを終え、教室に戻ると・・・真桜はナオに仕込まれたクラスメイト達に


『保健室に行ってたってことになってるから!』

『結城くんと付き合ったの!?付き合ってないの!?はぁ!?何してんの!』

『結城マジで男見せろよ!何してんだ!バグってんのか!』

『余計なお世話かもだけど一ノ瀬さんと相性のいい相手を占ってみたの。同い年で身長が190cm前後、最近バスケを始めた人と相性抜群だって!』

『結城と一ノ瀬を応援すれば、今度年上のお姉さん達と合コンセッティングしてくれるって言われてな』


 そんな事を散々言われ、真桜は疲労困憊になりながら家に帰った。


「なんか・・・今日は色んな意味で疲れた」

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