第5話 先に自覚したのは

 佐伯ナオと結城蒼梧は放課後の廊下をのんびりと歩いていた。今日の部活はミーティングだけだった。


「なぁ、今日ミネ行こうぜ。この間言ってたシャツ見たいんだ」

「えー・・・。ナオなら何でも似合う」

「適当なこと言っちゃって」


 歩きスマホに夢中な蒼梧は、あるひとつの教室の前で歩みを止める。

 蒼梧にとって一番耳障りのよい声が聞こえたからである。


「真桜、ホントに付き合ってないの?やる気ゼロ男と!」

「付き合ってないよー」

「え、なんかめちゃくちゃイチャイチャしてたって聞いたけど」

「え?いや、全然してないけど」

「うそー、彼氏出来たらすぐ報告してよ」


 放課後の教室で女子4人でおしゃべりに興じている様だ。蒼梧は自分の話をされているのだとわかったが、立ち止まるのも面倒だと思い『まぁいっか』と思い通り過ぎようとした瞬間だった。


「真桜はダメ男ホイホイだからさぁ。気をつけた方がいいよ」

「え、何それ初耳なんだけど・・・ダメ男ホイホイ?」

「結局、男って美人で尽くしてくれるタイプがいいじゃん?真桜、強引な男に声かけられてる事あるし」

「そんな事あった?」

「この間も本屋で『同じ塾だよね?』って他校の男に声かけられたじゃん!」

「真桜、顔が派手だもんね。ドラマの愛人顔?」

「しっかりしてそうだし、何でもやってくれそうだと思われそうだから、気をつけなよ?」


 女子達の会話に蒼梧は目を瞬かせた。

自分がダメ男と評された事は心底どうでもよかった。

 

 問題はその後である。

ヒョイっとドアの隙間から教室の中を覗くと、困った顔をしている全然しっかりしていない真桜が見える。


「女のマウンティングはえげつないねー」


 隣のナオの声は蒼梧には聞こえていなかった。


 ときたま見せるしわしわの顔は、蒼梧は可愛いと思っている。だけれど、今の困ってる顔は全然いいと思わなかった。


 中途半端に開いていた扉を無遠慮に開き、蒼梧は目当ての真桜に声をかけた。


「真桜」

「・・・結城」

「部活終わったから迎えに来た。行こ」

「え」


 真桜の手首を無遠慮に掴み『これ真桜のかばん?』と真桜の鞄を引っ掴み、掻っ攫うように教室を後にする蒼梧に『いや、ここで抜けるの感じ悪っ!』と真桜は日本人らしいことを考えていた。

 

 待ってと言っても聞く耳持たない男に困り果てていると、スーパーハイスペ男が口を開いた。


「俺今日フリーなんだけど、よかったら俺の家で勉強会しよっか。あ、でも女子会の邪魔かな?」


「ナオの家!?行きたい!」

「いいの!?」

「女子会なんていつでもできるし!」

「そう、なら良かった。ちょうど家の車も来た様だし、家に行く前に少しドライブでもして行こっか」


 スーパーハイスペ男のナイスなアシストに、残されたマウンティング女子達は目をハートにした。

 佐伯ナオは帰りの車内で『あいつ・・・たぶん初恋なんだろうなぁ。だから俺は応援してやりたいんだよね』と俳優もびっくりするほどの演技力で、相棒の狙っている女友達を味方につけるという最高なアシストをすることになるのだが、それは余談である。


 一方、教室を出た蒼梧と真桜は・・・。


「ちょ、待って、結城」

「今日ヒマ?」

「え、うん」

「じゃあ家に来て。一緒にゲームしよ」


 その言葉に真桜は目を真ん丸にした。

同級生の男子の家に行った事はないが、大丈夫だろうか・・・そう考えながらも『家族もいるだろうし、なにかされるって事もないか。結城だし』と思考を巡らさせたところで、先日のチョコレートを食べさせてとお願いされた事を思い出して真顔になった。


『そう言えばあの時、なんかちょっと変だったもんな・・・』そう考えながらも『いや、だけど結城ってナーさんの相棒らしく大事にされてるみたいだし、パートナーがいるなら大丈夫か』と思い首を縦に振った。


 その判断が間違っていると気づいたのは数分後のことだった。


「一人暮らしなの!?聞いてない・・・」

「聞かれてないし」

「寮?あたし入っていいの?」

「いいっしょ」

「わ、思ったよりも片付いてる」

「虫が出たりする方がめんどくさい」


 『ここに座って』と言われたのがベッドだったので、真桜は真顔になった後『いや、だけど結城にはナーさんと言う最高のパートナーが』と思いベッドに座った。

 そのままキョロキョロと部屋を見渡し、『あ、サボテン』と思ったところですぐ近くで感情のない声が真桜の鼓膜を揺らした。


「前から思ってたけど。ぜんっぜんしっかりしてないよね、真桜」

「え」

「教科書忘れたりプリント忘れたりするし。まぁ、そのへんは何とかなるからいいけどさ」


 真桜がサボテンに手を伸ばした指を、蒼梧の細い指がとらえる。

 指の股をツッとなぞられ、真桜はピクッと身体を震わせた。


「心配になる。ホントに」

「心配・・・とは?」

「しっかりしてないから心配。可愛いからすぐ誰かに取られそう」

「これでもあたし、友達のお母さんにもしっかりしてると評判なんだよ」

「俺の前では大抵抜けてるじゃん。しわしわの顔してるし」

「・・・」

「それ。かわいい」


 『かわいい』とほとんど言われたことのない派手な顔をした真桜は目を潤ませた。同世代よりも老け顔で、愛人顔と言われる事もある。

 ひそかに気していたので、シンプルにうれしい。


「抱っこしていい?」

「え・・・なんで」

「かわいいからしたくなった」

 

 後ろから抱っこされ、頭に顎を乗せられたところで真桜はハッとして見当違いのことを言う。


「ナーさんは!?」

「は?ナオ?なんでここでナオ?ナオなら今頃ハーレムごっこ?いや、バチェラーごっこしてんじゃない」

「セレモニーとかしてんのかな?じゃなくて!結城はナーさんの相棒でパートナーでしょ!?」

「あーそれ?比喩っしょ。知らんけど」

「わー出たー・・・語尾につけるだけで説得力がまるでなくなる言葉・・・」

「俺とナオが付き合ってると思ってたの」

「うん、最近の恋愛は多様性だし。だから安全だと思ってノコノコ結城の家に来たの。普段は男性の部屋になんて行かないよ。よって、あたしはしっかりものです」

「俺は真桜が・・・」

「ちょっと待って!今は混乱してるから!後日にしてくれる!?」

「えー、わがまま。めんどくさい」

「なんだ、コイツ・・・」


それからその攻防を少し続け、真桜の『後日にしてって!!』の言葉に結城がおれ、その日は解散となった。

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