第3話 やはり結城蒼梧は変わり者

 一ノ瀬真桜はしっかりしているタイプの人間である。なんなら友人の母親にも『真桜ちゃんはしっかりしてるから』と言われる程である。


 けれど・・・その日は抜けていた。

次の日に必ず提出しなければならないプリントを、学校に置いてきてしまったのである。深夜にそのことに気づき、一ノ瀬真桜は大変慌てた。


 しかも例の選択授業で出された課題である。知り合いはあの隣の男・・・結城蒼梧だけ。


「うー・・・」


 自分の詰めの甘さを呪いながら、真桜は蒼梧と同じクラスの友人に連絡をとる。


『結城の連絡先、知ってる?』

『知らん』


 返信は秒で・・・一刀両断だった。


 真桜は仕方ない、と思いながら1年生の時に一度勉強会に誘ってもらった・・・佐伯ナオへと連絡をとることにした。

 佐伯ナオ・・・見た目はチャラチャラとした男だが、スーパーハイスペックでお金持ちのお坊ちゃんだ。最近、彼がやる気ゼロ男こと蒼梧を自分がハマっているバスケ部に誘い、何かしらの力を見出した様で・・・『俺の相棒はコイツだけだ!』と持て囃していることは周知の事実である。


 『今は多様性の時代だし、恋愛は自由だよね』と見当違いな思い込みをしながら、真桜はもう一度同じ文章をナオに送った。ちゃんと冒頭文に『久しぶり!突然ごめんね』と追記したうえで。

既読はすぐについたが返信は秒ではなかった。


 少し待っていると『蒼梧に聞いたら教えていいって言われたから教える』と連絡先が転送されたので、お礼を送った後に新しく友達に加わった男に文章を送る。


 『明日のプリントの事でお願いがある』と送ったところ、電話がかかってきて真桜は驚いた。


「もしもし?」

「打つのめんどいから電話した。プリントって?」

「今日配られたやつ。学校に忘れてきちゃったから、明日見せてほしい・・・。今日のやつ難しいからたぶん朝から授業までの間に終わらない・・・」

「俺も置いてきた」

「マジか・・・」

「ていうか、秒で終わるっしょ。昼休みにでも何とかかする」

「・・・お願いがあります」

「うん」

「お昼に一緒にやってほしい・・・です」

「えー・・・それめんどくない?俺がやったの写すでよくない?」

「それは何というか・・・申し訳ないっていうか」

「んー・・・まぁいいや。明日昼来て」


 『おやすみ』と抑揚のない声で言われ、一方的に電話を切られ真桜は脱力感満載であった。

自分のダメさ加減にだいぶ凹んでいた。


 次の日、意気消沈した顔で貢物のお菓子や菓子パンと共に現れた真桜はしわしわの顔をしていた。


「絶対その顔してると思った」

「その顔って?」

「しわしわの○○みたいな顔」

「え・・・なにそれ」


 真桜の問いに答える様に、蒼梧はスマホで画像を見せる。


「これ。真桜に似てる」

「あたしこんなしわしわの顔してるの・・・」

「してる。かわいい」

「絶対うそじゃん・・・」


 落ち込みすぎて名前を呼び捨てられていることにも、かわいいとサラッと言われた事にも気づいていない真桜。


 蒼梧はプリントをヒラヒラさせたあと呟いた。


「早く写しなよ。怒られるの嫌でしょ」

「え、結城が怒るの!?」

「俺は怒んない。先生にだよ」

「面目ない・・・」

「武士かよ」


 真桜が必死でプリントを写しているのを見つめながら、蒼梧は目を細めてもらった菓子パンをもそもそと食べていた。普段考えることが面倒だから、菓子パンやおにぎりをローテーションしているが自分が選ばないものを食べるのは新鮮だな、と蒼梧はふと思った。

 1つ食べ終えたところで、食べきれない量のお菓子や菓子パンをリュックにしまおうとした時だった。


「あ」

「ん?」

「そう言えば、あたしが今まであげたお菓子、全然食べないよね」

「包装やぶるのめんどくさい」

「え、そこ!?」


 リュックから見えたらしいお菓子を指さされ、蒼梧は『面倒なものは面倒だから仕方ない』と思う。

 真桜は自分の厚意を無下にされ『もう2度とお菓子をあげない・・・』と思ったが、大人になることにした。プリントを写させてもらっている恩がある。


「じゃあ、これからはやぶってあげるね」

「んぁ?」

「だからちゃんと食べてねー。嫌いなものある?」

「・・・カニ?」

「カニ」

「剥くのめんどー」

「あたしは学校にカニを持ってくる人物だと思われてんの?」

「しわしわの顔で持ってきそう」

「んなわけあるかっ!」


 真桜はプリントを写しながらもう一度しわしわの顔をした。


 そんな様子の真桜を見て、蒼梧は呟く。


「昨日、眠かったしちょっと電話めんどいなって思ったけど」

「申し訳ない」

「いや、だから武士なわけ?まぁ、たぶんそういう顔してるんだろうなって思ったら、めんどくさくなくなった。なんでだろ?」

「いや、知らんけど・・・」

「デザートにチョコ食べたい」

「・・・はいはい」

「あ」


 蒼梧は口を開けて食べ物が入ってくるのを待つ。

『チョコは噛まなくてもいいし、美味しい』と蒼梧の口に真桜はチョコを放り込む。


やはり文化も何もかも、この生き物のことが全くわからない・・・変わり者だと真桜は実感した日だった。

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