第2話 彼と彼女の出会い

 周りからもしっかりしていない男と言われている結城蒼梧に『しっかりしていない』や『押しに激弱』、しまいには『ちょろ過ぎて心配になる』などと言われている一ノ瀬真桜であるが、実際のところ・・・めちゃくちゃしっかりしている女である。


 友人や教師からの信頼も厚く、成績だって良い。

それなのに蒼梧に『俺がいなきゃダメな気がする』と言われているのは・・・初手でしくじったからだ。


 遡ること数ヶ月前・・・選択授業で誰もいない教室に踏み入れた真桜は、教科書を間違えた事に気づいたのが授業開始3分前で愕然とした。

『授業初日に教科書を間違えるなんて・・・バカ過ぎる・・・今からロッカーに撮りに行く事もできない』

そう考えながら隣に席で机に突っ伏して寝ている茶色の塊に、真桜は勇気を出して声を掛ける。


「あのー・・・教科書見せてくれないかな・・・?」

「ん・・・あ?」

 

 肩をトントンとすると、のそりと動いた茶色の塊は・・・『やる気ゼロ男』とあだ名をつけられている男、結城蒼梧だった。


 話かけたら『自身もやる気がゼロになる』や『幸せを運んできてくれる』やら、しまいには『呪われてしまう』など様々な迷信がついて回っている男である。


 真桜もその噂をもちろん知っていたが、背に腹はかえられなかった。


 そして声をかけられた蒼梧は眠たそうにしながらも、真桜に教科書を差し出す。


「はい、俺見ないから使っていいよ」

「え?」

「どうせ本読んでるか、寝てるから」


 あくびをしながら、蒼梧はまたも机にうつ伏せになり入眠の姿勢をとった。

 そんな蒼梧の行動を見て真桜は『えー・・・マジか』と思ってしまうも、ここで教科書を貸し出せと言い出した見知らぬ自分に『授業はちゃんと受けよう!』と言われるのもだるいだろうと思う。


『そんな事言って優等生ぶる自分も痛いなぁ。ましてや教科書忘れてんのにな・・・』


 そう完結すると、個人の判断に任せる事にした。

それから無事に授業を終え、借りた教科書を返す為に再度トントンと肩を叩く。

 そう・・・蒼梧はあれから起きる事なく、寝ているだけだった。


「これありがとう!助かりました」

「んー」

「ノートいる?お礼に」

「ノート・・・?」

「寝てたから」

「いや、別にいらない」


 寝ていたせいで身体がきつかったのか、伸びをしながら『写すの面倒だし、どうせそんなのなくてもなんとかなる』と言い放つ蒼梧に、真桜は『超省エネだねぇ』と言いながらポケットから飴を取り出した。


「じゃあコレをあげよう!」

「飴・・・?」

「そっ。どうぞー」


 個包装のそれを机の上に置くと、蒼梧は目をパチパチさせながらも『どうも』と言って読みかけであろう本を出して読み始めた。


 選択授業でだけ、隣の席の茶色い生きものは見つめていると確かに面白い、と真桜は思ってしまう。


 品行方正に生きてきた真桜の人生には存在しなかったタイプの人間だからだろう。授業中は本を読んでいるか眠っているかコソコソと食べ物を食べているか。休み時間は授業開始ギリギリまで動画を見ているか、ゲームをしている様だ。


そんな様子を観察し『ギガ不足とかにならないのかな?』と余計な心配をして見ていると、緩慢な動きで真桜へと視線を向ける蒼梧。


「なに?」

「授業中はスマホ見ないんだ」

「授業中にバレたら取り上げられるし、そうなったら面倒」

「なるほどねぇ・・・食べ物は食べてるのに?」

「人の食べかけなんて没収しないだろうし、お腹空いたーって思ったらこっそり食べる」

「へぇ」


 何も考えていないように見えて、何も考えていないわけではないらしい。

真桜はポケットからチョコレートを取り出した。


「はい、あげる」

「なにこれ」

「チョコ。美味しいよ?」

「・・・ありがと。いつもお菓子持ち歩いてんの?」

「まぁねー。また何かあったらあげるね」


真桜がそう言った後、蒼梧はまたも緩慢な動きで個包装のチョコレートをポケットにしまった。


『今食べないいだ・・・。あれ?そういえば・・・』

真桜は蒼梧にお菓子を渡しても、目の前で食べてもらった事がないことに気づいたが、そこまで気にする事もなくその日は終了した。


そしてまたも選択授業の日、その日は新発売のグミを持っていたので、相変わらず何を考えているのかわからない表情の蒼梧にグミのパッケージの口を開けて差し出した。


「結城、グミ食べる?」

「グミ・・・?咀嚼めんど」

「え」


『咀嚼めんど』と言う言葉に、真桜は目を瞬かせた。

新種の人間を発見したような気分だった。


「じゃあ舐めるか飲み込むかすればいいよ。はい」

「えぇー・・・」


 真桜の言っている事もおかしいが、差し出したものを引っ込めるのは虚しいので、パッケージを蒼梧に近づける。

 

 だが相手もゲームをしているのか真桜を向く気配もなければ、手を止める気配もない。『まぁ、無理強いするのも違うか』と手を引こうとすると、蒼梧は口を開けた。


「あ」

「ん?」


口を開けっぱなしにしている蒼梧を見て首を傾げるも、彼は口を開けたままでスマホを見ている。


『え・・・これは食わせろってことなの・・・?』と真桜は一瞬戸惑うも、ずっと口を開けっぱなしにされてるのも気まずいのでグミを蒼梧の口に放りこんだ。


すると蒼梧はもぐもぐしながら言う。


「ありがと。噛むのめんどーだと思ったけど脳が活性化されていいかも」


「いや、活性化って・・・起きてる時点で活性化させよう?そもそも活性化されてないのにゲーム出来てる時点でやばいよ」


 真桜のツッコミもなんのその・・・蒼梧は相変わらずスマホの画面に目を向けているので、真桜はそれ以上何も言うことなくグミをしまった。

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