第3話 鍵の少女、封印の記憶

 


魔導学院・医療棟。

白く輝く治癒結晶の光が揺れる病室で、天城叶翔は、ぼんやりと天井を見上げていた。


左腕の激痛は消えていた。

爆発に巻き込まれたはずの傷も、どこにもない。

だが、それ以上に――腕に刻まれた《光の紋章》が気がかりだった。


「これは……俺の“選択”に対する……結果なのか……?」


その時、扉が静かに開いた。


「お目覚め? バカ翔」


銀髪の少女――セレス=ヴァルグレイス。

彼女はどこか怒ったような顔で、ベッド脇に椅子を引き寄せた。


「飛び出して、左腕失って、挙げ句の果てに謎の光紋つけて――

もう、何やってんのよ!」


「……ごめん。でも、あの時、俺が選ばなかったら……誰かが死んでた」


その答えに、セレスの瞳が一瞬揺れる。


「選んだのね、あなた……」


「え?」


セレスは立ち上がり、腕をまくると、自身の左肩の裏を見せた。


そこには――同じ《紋章》が、微かに輝いていた。


 


「鍵は、開いたのね。あなたの選択によって」


「……鍵?」


セレスは少しだけ目を伏せ、そして語り始めた。


 


 



彼女の家系――“ヴァルグレイス家”は、遥か昔、世界の全てを支配しかけた存在の末裔。

記録にはこうある。


《絶対神・レティア=ヴァルグレイス、その記憶と意志は、次代の鍵となるべく分裂され、封印された。

選定者が現れる時、その鍵は再び目覚める。》


「私たちは代々、“何かを開く存在”として受け継がれてきた。

でも、私自身はそれが何を意味するのか、知らなかった。

……あなたが紋章を得るまでは」


 


「俺を……“開く”鍵、ってこと?」


セレスは小さく頷いた。


「あなたの選定因果――“未来を選び、固定する力”は、

本来なら暴走すれば世界そのものを崩壊させる。

でも、私がそばにいる限り、あなたの選択は“受理”される」


「……つまり、俺が選べるのは……君がいるから?」


「そういうこと。むかしの誰かが、そう設計したみたいよ」


セレスは笑った。


どこか、誇らしげに。


どこか、寂しげに。


 


 



その日の夜、叶翔の夢の中で、再びあの“声”が響いた。


『ようやく、鍵と扉が揃ったのね』


夢の中に立つのは、少女のような姿をした光の幻影。


『私はレティア。絶対神であり、君たちの導き手。

……だけど、もう私は消えた存在。今は、記憶だけの残滓』


叶翔は思わず問い返す。


「なら、俺に何を求めてる?」


『ただひとつ。

“選びなさい”。世界が再び迷わぬように。

そして、セレスを……どうか守って』


 



目覚めた時、セレスはもう病室にいなかった。


だが、彼の左手には、新たな線が刻まれていた。


それは“選ばれた未来”が、確かに動き出した証だった。

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