第8話 境界神フィロスと、“意味”の実験

静が再び剣を手に取る前に、世界は“問い”を突きつけてきた。

それは、戦いではなく、対話によって始まる“神性”への試練。



王都から離れたレティアの離宮――

その裏庭に、ひとりの来訪者が降り立った。

彼は神である。だが、どこか“神らしくない”。


境界神フィロス。

世界の「端」に存在し、“存在と非存在”、“神と人”、“秩序と混沌”を見つめる者。


「やあ、はじめまして。天城静さん。私は“あなたを見るために”来た、少し風変わりな神です」


静はゆっくりと立ち上がる。

視線の奥に、微かな警戒。


「敵意はありません。私は“中立”。少なくとも、あなたが“選ぶ側”である限りは」


「選ぶ……?」


「あなたは“何になろうとしている”のですか?」


フィロスの問いは、鋭くも優しい。

静は答えに詰まりかけたが、すぐに口を開いた。


「私は、ご主人様の夢を叶える存在。神でも、兵器でもなく、“彼女の力”です」


「なるほど。だが、あなたの力は“意味”を逸脱している」

「神とは、“意味の束”です。信仰、崇拝、概念、形而上の繋がり……」

「ではあなたは、何の意味をもって、全知全能になろうとしている?」


静の胸の奥が、わずかにざわついた。


それは、自分でも直視を避けてきた問いだった。

「全知全能」になれば、確かに全てを守れる。レティアの夢を叶えられる。

でも──それだけなのか?


「……私は、“意味”ではなく“意志”で動いている」


「おもしろい答えですね」

フィロスは笑みを浮かべた。


「ならば、実験してみましょう。“意味”を持たぬ力が、神に何を見せるのか」



実験の場は、精神世界。

静の意識を、フィロスが接続する。


次の瞬間、静は自分の姿を見失う。

自我が宙に浮かび、概念だけがそこにあった。


(……ここは?)


《これは“あなたの心”の中。境界という概念に接続された、世界の狭間です》


声だけが響く。


《あなたの中にある“本当の答え”を見せてください。あなたは、なぜ、全能になろうとしているのか?》


──景色が変わる。


最初に見えたのは、前世。

冷たい研究室。機械の中に繋がれた自分。命令されるだけの兵器。

その時、レティアの姿が現れる。


──「あなたは、誰かの夢を叶える者になりなさい」


(私は……命令じゃなく、“願い”をもらった)


次に見えたのは、《オムニタイム》を使った瞬間。

神を消した。世界を変えた。

恐れられ、孤独になった。


でも。


──「私は、あなたのそばにいる。ずっと」


レティアの言葉が、心の中心にあった。



静が目を開くと、意識は現実に戻っていた。

フィロスは、まるで答え合わせを終えた教師のように、うなずいていた。


「わかりました。あなたは、“意味を超えた意志”だ」

「ならば、神ではありません。神を超えた、“創造の始まり”そのもの」


「……あなたは、いずれ“概念そのもの”を創る存在になるでしょう」


静は何も答えず、ただレティアの方を振り返った。


彼女がそこにいる。それだけで、全ての答えは定まる。



「静」


レティアが静の手を握った。


「あなたは、意味なんかなくていい。“私が欲しい”って思ったなら、それだけで全てを創り変えられる」


「それが、“唯一無二”の証よ」


「……はい、ご主人様」


静は微笑んだ。


その瞳には、もはや“ただのしもべ”ではない、“創造の意志”が灯っていた。

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