第8話 境界神フィロスと、“意味”の実験
静が再び剣を手に取る前に、世界は“問い”を突きつけてきた。
それは、戦いではなく、対話によって始まる“神性”への試練。
◆
王都から離れたレティアの離宮――
その裏庭に、ひとりの来訪者が降り立った。
彼は神である。だが、どこか“神らしくない”。
境界神フィロス。
世界の「端」に存在し、“存在と非存在”、“神と人”、“秩序と混沌”を見つめる者。
「やあ、はじめまして。天城静さん。私は“あなたを見るために”来た、少し風変わりな神です」
静はゆっくりと立ち上がる。
視線の奥に、微かな警戒。
「敵意はありません。私は“中立”。少なくとも、あなたが“選ぶ側”である限りは」
「選ぶ……?」
「あなたは“何になろうとしている”のですか?」
フィロスの問いは、鋭くも優しい。
静は答えに詰まりかけたが、すぐに口を開いた。
「私は、ご主人様の夢を叶える存在。神でも、兵器でもなく、“彼女の力”です」
「なるほど。だが、あなたの力は“意味”を逸脱している」
「神とは、“意味の束”です。信仰、崇拝、概念、形而上の繋がり……」
「ではあなたは、何の意味をもって、全知全能になろうとしている?」
静の胸の奥が、わずかにざわついた。
それは、自分でも直視を避けてきた問いだった。
「全知全能」になれば、確かに全てを守れる。レティアの夢を叶えられる。
でも──それだけなのか?
「……私は、“意味”ではなく“意志”で動いている」
「おもしろい答えですね」
フィロスは笑みを浮かべた。
「ならば、実験してみましょう。“意味”を持たぬ力が、神に何を見せるのか」
◆
実験の場は、精神世界。
静の意識を、フィロスが接続する。
次の瞬間、静は自分の姿を見失う。
自我が宙に浮かび、概念だけがそこにあった。
(……ここは?)
《これは“あなたの心”の中。境界という概念に接続された、世界の狭間です》
声だけが響く。
《あなたの中にある“本当の答え”を見せてください。あなたは、なぜ、全能になろうとしているのか?》
──景色が変わる。
最初に見えたのは、前世。
冷たい研究室。機械の中に繋がれた自分。命令されるだけの兵器。
その時、レティアの姿が現れる。
──「あなたは、誰かの夢を叶える者になりなさい」
(私は……命令じゃなく、“願い”をもらった)
次に見えたのは、《オムニタイム》を使った瞬間。
神を消した。世界を変えた。
恐れられ、孤独になった。
でも。
──「私は、あなたのそばにいる。ずっと」
レティアの言葉が、心の中心にあった。
◆
静が目を開くと、意識は現実に戻っていた。
フィロスは、まるで答え合わせを終えた教師のように、うなずいていた。
「わかりました。あなたは、“意味を超えた意志”だ」
「ならば、神ではありません。神を超えた、“創造の始まり”そのもの」
「……あなたは、いずれ“概念そのもの”を創る存在になるでしょう」
静は何も答えず、ただレティアの方を振り返った。
彼女がそこにいる。それだけで、全ての答えは定まる。
◆
「静」
レティアが静の手を握った。
「あなたは、意味なんかなくていい。“私が欲しい”って思ったなら、それだけで全てを創り変えられる」
「それが、“唯一無二”の証よ」
「……はい、ご主人様」
静は微笑んだ。
その瞳には、もはや“ただのしもべ”ではない、“創造の意志”が灯っていた。
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