被害者ならびに探偵不足

 御門守祥子を殺したのはぼくだ。

 そう簡単には暴かれない方法で殺した。逃げ切ろうとか、罪の意識とか、そういう話じゃない。それが一番誠実な気がしたから、そうしたんだ。それだけの単純な話で、それ以上は何もない。

 全てが暴かれたなら逃げも隠れもせず受け入れるだけの覚悟がある。その責任から逃げない気持ちはある。

 できるだけ正々堂々と殺して、できるだけ誠意を込めて隠して、どうしようもないほどに暴かれたのならば堂々と認める。それが彼女に対する誠実さの形だと信じている。

 信じていた、今の今までに。

 

「だから、御門守祥子を殺したのはアタシだって」


 交番前。

 夏の日差し。

 蝉の声。

 全てに紛れて綺羅星玲はそう自白した。



 🌟



 反省点があるとすればたったの一つ。ぼくの犯行は完璧にすぎたことだった。御門守祥子を殺したのは間違いなく僕であるはずなのに、他の人にはそれが立証できない。こうして綺羅星玲が交番のお巡りさんに嘘をついていても、綺羅星玲の発言に嘘だと反応できるのはおそらく、僕だけだ。


「ええと、それはどういったお話かな? ついていい嘘と悪い嘘があるけれど、高校生の君にはわかるよね?」


 前言撤回。僕に限らない。

 交番のお巡りさんは困ったような笑みを浮かべては告げた。子供ならともかく、高校生の綺羅星玲がそんな嘘をつくなんて、あんまりに不思議で困ってしまうのだろう。もっとふざけていたなら、例えばカメラの一つでもあれば、ただの悪ふざけで大人を揶揄って遊んでいるのだと断じておしまいになるはずだった。

 だというのに綺羅星玲は姿を隠すわけでもない制服姿。それも単身で交番に乗り込んだものだ。だからお巡りさんは真意を測りかねて怒るとも尋ねるともつかない態度になっているようだった。


「言葉の通り、アタシが殺したんだよ。殺人犯、放っておいていいの?」

 

「……御門守祥子さんは、ご存命ですよ?」

 

「ご存命? アンタ命がなくなったのもわからないわけ?」

 

「……アンタってねぇ。まぁでもそれがわかるんだよ。我々警察が護衛している対象ですから」

 

「じゃあアンタらは綺麗に騙されてるか、騙されたがってるかのどちらかってわけだ」

 

「未だ病室にて命を繋いでいます。内密の情報になるので詳細は話せませんが、そのようなことは一切ございません」

 

「そう答えるんだ、ふぅん。……ね」


 ね、の音だけ妙にクリアに聞こえた。

 目を向ければ、綺羅星はぼくを見据えてずかずかと歩いてきていた。


「ね、君だよ君、そこの君」


「なんですか」

 片耳だけ、イヤホンを外す。

 交番前の公園。自転車避けのあれに腰掛けていただけだ。通行人みたいなもの。そっぽ向いて携帯をいじっていたのだから、ただの待ち合わせに見えるはずだろう。

「聞いてたでしょ」

 

「すみません、音楽聴いてて。何の話ですか?」

 

「聞いてたでしょ」

 

「ええと……」

 

 言葉に窮する。何の確信があるって言うんだ。

 

「聞いていない? 本当に?」

 

 覗き込む眼は透き通っていた。不思議と御門守祥子の輝きに似ている気がした。だからだろう、くちがすべったのは。

 

「……すこしだけ」

 

 話すつもりのなかった言葉が出てきて、ふっと、驚く。

 ――ぼくが、こたえた? 

 

「殺人犯相手に嘘を吐こうと言うのもいい度胸じゃない」

 

 口調も話し振りも似ていない。性格一つも似ていない。だけれども、彼女の目は御門守祥子の目にそっくりだった。兄弟みたいに、双子みたいに、まるで本人みたいに。

 

「自分が助かるなら嘘だってつきます」

 

「それも嘘ね、たぶんそう」

 

 迷いがない。その一点においてあの素敵な目とこの率直な口は同じ人に使われているんだと確信できそうなくらいに。


「あなたも確信してるんでしょう? 御門守祥子が死んだって。

 だから、気になって仕方がないんでしょう?」


 あたりまえだ。

 ぼくの行いで別の人がぼくの罪を背負うのは、なんだか、ひどくきもちわるい。

 きもちがわるいことなんて、気になって仕方がないに決まっている。


🌟


 特異才能生命体、御門守祥子の命は、ひとつながらに、有象無象の命ひとつかみよりも重かった。ふたつかみっつで足りるのか、なんて問いはナンセンスだ。シチュエーションによる。

 有象無象に問えばどれほどの命を積んだとしても御門守祥子1人には敵わないと言う人から、流石にひとクラス分の命とつりあうと思う、くらいまで濃淡は分かれる。

 されど、その命が人一人分だと言い張るのは御門守祥子くらいのものだった。もう少しだけ加えるのなら、ひとつ未満だと定義するのは彼女だけだったとも言える。……他のひとつの命のためになら、彼女は命を諦める。その点で彼女の命はひとつ未満だった。

 

「アタシはこの目を御門守祥子から盗んだ。殺してね。

 だから、あたしは重要指名手配犯として捕まえられる必要がある。オーケイ?」


 ぼくにいったってしかたないのに。逮捕ができるのは警察の特権だ。でも、なんとなく彼女の視線も無視しきれなくて、言葉をこぼす。


「そうなんですか」

 

 YESともNOとも違う言葉。何の意味もない、間を埋めるためだけの言葉。

 そんな言葉からだって彼女はすくいとるように意図をひきあげる。


「納得していない姿勢ね、でもあのお巡りさんとは一つ違う姿勢。君は何かを知っている」

 

「……その目が御門守祥子のものなら、ぼくに言葉はいらないでしょう」

 

 いやだし、認めたくもないけれど。そんな気がしていた。

 もしかりに、御門守祥子の目を盗んで、自分のものにしているのなら、いらないはずだ。

 本物の御門守祥子を前にしたときに言葉なんていらなかった。

 彼女には、心の底さえ見通す視力があるのだから。


「確信、信頼、それから……なに、これ。独り善がり? みたいな心ね、まだ上手く使いこなせてないの。

 言葉で補助してもらえると助かるわ。私は御門守祥子の目をまだ使いこなせてないの、御門守祥子じゃないんだから」


 ため息をひとつ。だいたい外れだ。たぶん。

 僕は確信もなければ、信頼もしていない。すでに捨て去ったもののハズだ。

 

「残念。じゃあそれは当てずっぽうにも程がある。

 胡乱、不審、それからお巡りさんへの同情だよ。君はずいぶんな嘘つきみたいだ」

 

「うん、これはわかる。多分少しだけ、対抗心? ね。 不思議、私に対抗心があるの? わたし、殺人鬼なのに?」


 不敵そうに笑う顔は、なんだかその目だけ浮いて見えた。

 

「殺人鬼というアピールはそれくらいでいいよ。だいたい、ぼくにいったってしかたがないだろ。捕まえるのは司法権の仕事だ。ぼくにできることじゃない」

 

「本気で言ってる?」

 

「本気も何も、事実だろ」

 

「アタシが知らないと思ってるの? 実移植被検体第一号のきみを?」

 

「……他人だよ、それはぼくじゃない」


「嘘と図星の色ね、流石にこれくらいは読めるわ」

 

「たぶん、気のせいだよ」

 

「ふうん、強情。でもいいわ。ここに来たかいがあるってもの。

 強情。強情。

 貴方だって私と同じぐらい強情で、

 貴方だって私と同じぐらい不信感を持っているから、ここにいたんでしょう?

 御門守祥子の死が私たちをここに導いた」

 

「たまたまだよ。待ち合わせがここだっただけ」

 

「へえ、どなたと?」

 

「それを言う義理はない」

 

「本音に切り替えたんだ。えらい」

 

「それはどうも。でも、君がその目を持っていたとしても、彼女はそうは使わない」

  

「そりゃあそうでしょう。

 ーーだから私は彼女をころしたんだもの。」


 嘘、だ。

 御門守祥子を殺したのはぼくだ。


 綺羅星玲がどうしてこれほど躍起になって殺人犯を語りたがるのか、読み取って飲み下したかったけれど、

 かみ砕きすらできなかった。


 かみ合わない。空恐ろしいほどに、僕らの認識はかみ合わないままだった。

 

 彼女が殺したわけがない。

 彼女に殺せたわけがない。


 御門守祥子の命は何人分もの命にも匹敵するほどの才能の山だ。

 

 それを移植して、あるいは模倣するかのように義手義眼に込めて、完璧にその働きを模倣させることで、すべての人間の可能性の拡張の権化みたいなものだったけれど。

 彼女はもともと、ちゃんとした人だ。サイボーグでもなんでもない、ただの自然発生的な、特異な才覚にめぐまれきっただけの一つだ。


 だから、かのじょのいのちはひとつきりで、

 僕らのうちどちらかが嘘をついていることに間違いはない。

 

 問題は、綺羅星玲がどうして嘘をついているのかの一つきりで、

 それの謎に噛みつければ、

 この受け継いだ牙を突き立てれば、

 問題は綺麗に解消する。

 

 と


 

 信じていた。

 いまの、今までは。



 

 ーー困ったような声が聞こえた。

 その声は、自分がのけ者にされたことを困っているようでもあった。

 突然現れた嵐が、向かってくる直前で進路を変更して温帯低気圧になってしまった時みたいな、微妙な気持ちをほうふつとさせる声でもあった。

 それから、その嵐がなかなか消えなくて、

 雨雲がうすくうすくかかり続け、風にあおられ続けて、これならまっすぐ過ぎ去ってくれた方がマシだったのに、なんて気持ちすら内包したかのような声だった。

 

 


「全く困ったものですね。完璧に隠蔽したと言うのに、こうして殺人の確信を持っているものが2人もいると言うのは、困ったものです。さては、あなた方はもともと共謀してここにいらしていたんですね?

 ええそうです。きっとそうに違いありません。まったく、どうしてこうもイレギュラーというものは起きてしまうのか。困ったものです。

 いいのですよ、真実を告げても。

 ええーー御門守祥子を殺した、私を糾弾しにきたと」


 

 今もなお御門守祥子は死に続けている。

 一つきりの命を、とりあうように奪われ続けている。

 各々の言葉がそれを訴えている。

 あまりにも。全てを信じるとするのなら、あまりにも。

 

 御門守祥子の周りには、被害者も、探偵も、不足し尽くしていた。





所感。

 書いててたのしーー!!

 胡乱な話を書くのは楽しいですね……

 とはいえ回収する気がないつくりなのが弱い。

 2話目以降の展開はある程度読めるけれど、読み切れるのかは微妙。

 多分オチとして想定されるのはありあまる才能と、それを搾取される構造、それゆえに殺したという人が多く表れる。

 カウンター札として本当に命を奪うこと、

 それから、御門守祥子を御門守祥子じゃなくするためのプランを伏せておきましょう。

 彼女から才能を剥がす。


 世間は御門守祥子を才能の苗床だと認識しているのだから、

 御門守祥子から才能を引っぺがした残りかすの部分は、きっと


 だから、


 御門守祥子から受け継いだ歯を使って、


 彼女の脳を食い荒らしたんだろうな……主人公。ほんと? 未定。

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る