第30話 だから、ATF部は本当にお茶を飲んで本を読むだけのサークルなんだね
揺れる電車に座っていると、多崎司は携帯の画面の文字がだんだんぼやけていくのを感じた。
一分後、彼は小さく頷き始めた。
二分後、眠りに落ちた。
電車は揺れずに進み、彼の眠りを妨げることはなかった。
「四ツ谷、四ツ谷です」
「お乗り換えのお客様は、順にお降りください」
多崎司は時間通りに目を覚まし、乗り過ごすことなく、遅刻という悲劇を免れた。
桜がとっくに散った通学路を歩きながら、彼はふと思った。もし電車の中で眠りに落ちて、駅に着いた時に目を開けたら、そこが『1Q84』の世界だったなら、それはなんて素敵な体験だろう。
「おはよう、多崎」
校舎の前で、同じく気だるそうな村上水色に会った。
多崎司は彼の目の下のクマをじっと見て、不思議そうに尋ねた。「どうしてそんなに遊びすぎた顔をしているんだ?」
「聞くなよ。俺の嫁が他の奴と結婚しちまって、昨晩は一睡もできなかったんだ」
「お前の嫁?」
「新垣結衣だよ」そう言うと、村上水色は怒りに声を荒らげた。「逃げるは恥だが、結婚するってどういうことだ。俺みたいに、恥ずかしくても結婚しないのが筋だろうが!」
「だから、三次元の嫁なんて追うもんじゃない」多崎司は同情するように彼の肩を叩き、からかうように言った。「ツイッターを見たら、嫁が他の奴と駆け落ちしてた、なんてことにもなりかねないぞ」
村上水色は彼を睨みつけた。
「俺みたいに二次元だけ追うのが一番いい。うちのアスカは、誰かと……」言葉が途中で詰まり、多崎司の顔が硬直した。そして、彼もまた怒りに声を荒らげた。「庵野秀明め、あのクソ野郎。今夜、家に火をつけてやる!」
「だから、そもそも嫁なんて作らないのが一番なんだよ」村上水色は彼の肩を抱き、同情的に言った。「独身でいれば、裏切られる心配なんて永遠にない」
そばを通り過ぎる数人のセーラー服の女子生徒たちは、互いを慰め合う二人の男を珍しいものを見る目で見ていた。多崎司の端正な顔立ちを見ると、彼女たちの目には惜しむような色が加わった。
午後の授業が終わり、多崎司は再びATF部へと足を踏み入れた。
彼はまだATF部が何をする部活なのか理解していなかった。まあ、活動内容が不明な部活は珍しいが、気にするほどのことでもないだろう。
どうせ存在意義が不明な団体なんて山ほどある。例えば、【街頭で配られる無料のチラシを全部集める会】とか、【中央大学多摩キャンパスを東京都の中心に押しやる会】とかだ。
だから、ATF部がどれほど退屈でも、建物を手で動かそうとする大学生たちよりはましだろう。
多崎司は手元の日本史の資料から目を離し、窓際に座る栗山桜良に視線を移した。
きめ細かく白い肌、完璧な顔立ち。彼女の脚に履かれた黒いストッキングと白いローファーは格別だ。彼女自身が「完璧な女性とはこういうものだ」と示すためにこの世にやってきたかのようだ。
胸を除いては。
実際のところ、栗山桜良は何も喋らなければ、本当に人を惹きつける魅力がある。
一緒にいて疲れないのであれば、多崎司も人付き合いをそれほど嫌ってはいない。
この小さな教室をプライベートな空間と見なすことにした。これから放課後、退屈な時にはここへ読書に来よう。もしかしたら彼女一人、あるいは自分一人、もしかしたら二人で来ることもあるかもしれない。
時にはおしゃべりをしたり、時にはただ黙って過ごしたり。ATF部が何のために存在しているのか、まだ理解できていないが、これからここが安らぎの場所になることを妨げるものではない。
多崎司は、ふと時計をちらりと見た。入室してからすでに一時間以上が経っている。
沈黙の中、聞こえるのはページをめくる音と、時計のチクタクという音だけだ。
眠くなってきた……5時になったら帰ろう。
その時、「パタン」と本を閉じる音が聞こえた。
「綺麗かしら?」
栗山桜良は窓の外の雲を見つめながら言った。
しかし、彼女は明らかに独り言ではなく、誰かに向かって話しかけている。
多崎司は、この唐突な言葉にどう答えるべきかわからず、少し戸惑ってから、探るように答えた。「夕焼けに輪郭がくっきりとした雲は、確かに綺麗ですね。どの雲も金色の縁取りがあって、縁起が良いように見えます」
栗山桜良は振り返り、多崎司をじっと見つめた。「私が言っているのは、私の脚のことよ」
「?」
「3時40分から今、4時50分までの1時間10分間、あなたの少なくとも5分の1の時間は私の脚を見つめていた。間違っているかしら?」
「……」
そこまで細かく気にする必要があるか?それに、僕がぼーっとしていた時間まで含めないでくれないか!
栗山桜良はスカートの裾を引き下げ、続けて言った。「忘れないで。あなたは今、依頼の候補者の一人なの。あなたの言動一つ一つが、最終的な結果に影響するわ」
それを聞いて、多崎司は自分がまだその「依頼」の候補者だったことを思い出し、思わず尋ねた。「その『依頼』って、一体どういうものなんですか?」
「申し訳ないけど、正式な人選に決まるまでは、依頼人に関するいかなる情報も漏らすことはできないわ」
「もし本当に僕が選ばれた場合、拒否する権利はありますか?」
「私は他人に従うよう強制するような趣味はないわ」
多崎司は安堵のため息をつき、尋ねた。「依頼の話を聞くと、ATF部も奉仕部と同じように、いろいろな変わった依頼を受けるんですか?」
「奉仕部って何?」
「えっと、千葉県の県議の次女が立ち上げた部活です」
「知らないわね」
「じゃあ、ATF部の部活動って何なんですか?」
「読書とお茶をすることよ」
多崎司:「……」
確かに読書とお茶だけが良いと思っていたが、最初にあったミステリアスな雰囲気が完全に消えてしまったような気がする!
5時になると、栗山桜良はすぐに片付けを始めた。ハードカバーの本をカバンにしまうと、立ち上がって多崎司をちらりと見た。
「多崎君、お疲れ様」とも「お先に、多崎君も早く帰ってね」のような言葉もなかった。
ただ、颯爽と去っていった。
5分後、栗山桜良は校舎の管理棟にある一室の前にいた。ドアをノックし、「どうぞ」という返事を聞いてから中に入った。
西日が窓から差し込み、島本佳柰の成熟した、しなやかな体は、ぼんやりとした光に包まれ、まばゆく輝いている。
「島本先生、こんにちは」栗山桜良は軽く頭を下げて挨拶した。
島本佳柰は眼鏡を外し、ハンカチで拭いてから再びかけた。「栗山さんが私のところにくるなんて珍しいわね」
「多崎司君についてです」
「多崎?あの子がどうかしたの?」
栗山桜良は頷き、言った。「彼に少し興味があります。もっと彼を理解するために、先生のお力を借りたいのですが」
島本佳柰は意味深な視線を彼女に向け、それから口元に微笑みを浮かべた。「あなたたち、若い子たちは本当に面白いわね」
その微笑みが描く美しい弧は、まるで幸福な心が顔に残した軌跡のようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます