第29話 星野花見は本当に暴力的だ

黄昏時、人のいない教室は夕焼けに染まり、蜂蜜のような色をしていた。開け放たれた窓から風が吹き込み、机の上の辞書のページをめくっている。


多崎司は顔を上げ、腕を伸ばして窓の外を眺めた。東京の大小様々な建物が黄昏の雰囲気に包まれ、キラキラと輝くスカイラインは、まるで光の縁取りをされたかのようだった。


時計を見ると、もうすぐ5時。部活動の終了時間まであと30分だ。


彼は鞄を肩にかけ、教室を出た。廊下は騒がしく、時折生徒たちが追いかけっこをしながら通り過ぎていく。空中廊下を歩き、多崎司はATF部のドアをノックした。


栗山桜良はいつもの場所に座っていた。机の上には白い下書き用紙とシャープペンシルが置かれているが、芯は出ていない。彼女は両手を机に置き、窓の外を見つめている。何かを見ているわけではなく、ただ単に何かを考えているかのようだった。


初夏の風が白いレースのカーテンを揺らし、彼女の髪をなびかせ、時折、形の良い小さな耳をのぞかせる。この情景は、一枚の美しいカラー絵画と見なすこともできるだろう。


足音を聞いて、彼女は振り返り、多崎司に華やかな微笑みを向けた。


これはSSR(超レア)級の微笑みで、心身ともに健康な男子高校生なら誰でも頬を赤らめるに違いない。


その表情はとても可愛らしいが、多崎司は少しも得したとは思わなかった。彼は無表情に椅子を引き、机の反対側に座った。彼女の前の下書き用紙をちらりと見たが、何も書かれていない真っ白な紙だった。


栗山桜良はシャープペンシルを指で挟んで机を軽く叩きながら、興味深げに彼を見つめた。「来ないと思っていたわ」


「僕は君が栖川唯を連れてきて、僕たちに学園恋愛ドラマを演じさせるんじゃないかと思っていたよ」


「そのつもりだったわ」栗山桜良は頷き、ため息をついた。「でも彼女は、多崎司のような人間は、死んでも二度と見たくないって言っていたわ」


「僕も同じだ」


栗山桜良は微笑んだ。「多崎君が正式にATF部の部員になったことを祝して、いくつか質問に答えてもらうわ」



一体、何が「祝い」なんだ?


「多崎君にお伺いします……」栗山桜良は腕を組み、まるで教皇が教義を布告するような厳粛な表情で尋ねた。「もしあなたの成績も剣術もずっと良かったのなら、なぜ今までその実力を隠してきたの?」


多崎司はしばらく考え、答えた。「なぜなら、今の僕は2035年からタイムスリップしてきた多崎司だからです」


栗山桜良は頭痛をこらえるように額に手を当てた。「多崎君、あなたの『心の壁』は非常に強固ね」


「実は、僕が言いたいのは……」


「栖川唯に劣らない実力だってことね」


多崎司は眉をひそめた。栗山桜良は彼をじっと見つめ、二人は二つの並んだ氷山のように沈黙した。


部室は静まり返り、窓の外の夕焼けはまるで台風が過ぎ去った後のように真っ赤だった。グラウンドから陸上部の練習の掛け声がかすかに聞こえてくる。


5時半、部活動の時間が終わった。


多崎司は鞄を手に、部室のドアを閉めて去った。


「いち、に、いち、に、いち、に……」


部室棟を出ると、陸上部の練習の掛け声がよりはっきりと聞こえた。エネルギーを大量に消費するその生活態度は、畏敬の念を抱かせる。


多崎司は彼らの声を聞きながら、学校を後にした。


その日の夜、アルバイトから寝るまでの間、彼は同じ一つのことを考え続けた。


「ATF部の部活動って、一体何なんだろう?」


しまった!「氷山」を演じるのに夢中で、質問するのを完全に忘れていた!


5月7日、午前6時。


目覚ましが鳴り響き、多崎司は虚ろな目でしばらく天井を見つめた後、あくびをして、虚空に向かって「おはよう」と呟いた。


簡単な身支度を済ませ、乱れた髪を濡らして落ち着かせると、6時半になる前に新宿御苑に足を踏み入れた。


今日もまた晴天だった。


いつもの待ち合わせ場所である東屋には、星野花見がいた。彼女の右手には紙コップのコーヒーがあり、湯気が立ち上っている。左手にはサンドイッチの小さな箱を持っていた。


多崎司が近づいてくるのを見て、彼女は微笑んだ。「先に少し食べる?」


その笑顔は、まるで18歳の少女のようだった。


多崎司は東屋に入った時、まだ寝ぼけていたのだろうか、「先生、おいくつですか?」と尋ねてしまった。


次の瞬間、星野花見の拳が彼の腹部に叩き込まれた。


明らかに手加減はされていたが、多崎司は思わず息をのむほどの痛みに耐えた。


「次はないわよ」星野花見は拳を振りながら、隠すことなく脅しの表情を見せた。


多崎司はサンドイッチを大きく一口かじり、もごもごと口の中で呟いた。「次は……自分で……言って……くれ……」


「何?」


「いや、サンドイッチが美味しいって」


「クリームも濃厚でしょ?」星野花見はコーヒーを一口飲み、満足げに言った。「このお店、よく行くの。ここのケーキは渋谷全体でもトップ3に入るわ」


多崎司は袋に貼られた商品ラベルをちらりと見た。手のひらほどの大きさのサンドイッチが、600円もする。


「ところで……多崎君、正直に言ってちょうだい」星野花見は突然、彼の顔を覗き込むようにして尋ねた。「今回のテスト、本当にカンニングしたんじゃないの?」


「先生、僕がそんなつまらない人間だと思いますか?」


星野花見は真剣に考えた。この生徒は普段寡黙で、何事にも興味がなさそうだ。確かに目立つためにカンニングをするようなタイプではない。それに、カンニングで学年2位になるなんて、あまりにも大げさだ。それは自分を含め、すべての試験官が馬鹿だと言っているようなものだ。


「何があったかは知らないけど……カンニングしていないならそれでいいわ」星野花見は彼をじっと見つめ、にっこりと微笑んだ。「その調子で頑張ってね」


その笑顔は、純粋で、子供のような無邪気な魅力があった。


多崎司の心に、突然、恋をしたいという衝動が湧き上がってきた。イエス・キリストが来たとしても止められないほどの衝動だ。


そうだ、星野花見は背が高く、胸も大きくて、脚の形もとても美しい。どうして見過ごしてしまえるだろうか!


「先生……一つ質問があるんですが」多崎司は気持ちを落ち着かせ、探るように尋ねた。「こんなに美しいのに、どうしてずっと独身なんですか?」


「えっ?」星野花見は驚いて口を大きく開けた。「どうして私がずっと独身だと知っているの?」


「うーん……勘です。いつも一人で出入りしているように見えたから」


「ふむ……それはまずいわね。早く誰か見つけて結婚しないと」


そう言いながら、星野花見は最後のコーヒーを飲み干し、茶目っ気たっぷりに笑った。「じゃないと、まるで世界中が私に結婚を急かしているみたいだもの」


多崎司は椅子から飛び上がり、真剣な顔で言った。「先生、僕を候補に入れてくれませんか?」


星野花見は眉を吊り上げて睨みつけた。「先生をからかうなんて、死にたいの?」


「ドスッ」と鈍い音がした。


また腹に一発、拳がめり込んだ。


分かった。


暴力女は候補から外そう。


独身生活を終わらせるのは、島本先生が離婚してからにしよう。

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