万有引力(中)
「柚花!」
「お、柚麻ちゃんおつかれ」
「うん」
昇降口、柚麻ちゃんはバスケ部のユニフォームのまま出てきた。
「柚花は部活は?」
「今日はない。だからもう帰るけど」
「そっか」
「柚麻ちゃんは部活だね。いってらっしゃい」
薄いユニフォームの背中を叩くと、柚麻ちゃんは「うん」とにっこり笑った。つい今朝までふさぎこんでいた人間とは思えないくらいだ。
午後7時。
「柚麻ちゃん」
「えええっなんで。帰ったんじゃなかったの」
「サプラーイズ」
「もうっ。ばかなんだから」
「ふふ」
最寄り駅で下車。私と柚麻ちゃんは街灯まばらな道を行く。
「あのね、しっかり話してきた」
「ふうん」
私は、自分からことの顛末を聞くつもりはなかったのだけれど、柚麻ちゃんは自分から口を開いた。きっとだれかに聞いてほしかったのだろう。私は大好きな声に耳を澄ませる。
「めっちゃ食い下がられた。でも、断ってきた」
「へえ」
どうして私はこんなに幸せな気分になっているのだろう。
「胸が痛かったよ。でも、なんか、すっきりした。人間、言葉にするって大事だね。言葉にしてしまったら、もうそうするしかないもん。未練はあっても、そうするしか」
柚麻ちゃんが見上げた空には、無数の星が浮かんでいる。街灯がなければ、まだ私たちの頭上にはこんなにきれいな宝石が散らばって見えるのだ。
「万有引力とはひき合う孤独の力である。宇宙はひずんでいる。それ故みんなはもとめ合う。宇宙はどんどん膨らんでゆく。それ故みんなは不安である」
「……なんて?」
柚麻ちゃんは私の方に肩を寄せた。
「人間、みんな孤独なんだよ。だから求め合う。赤い糸なんてないけれど、多分私たちは誰にでも反応する引力を持っていて、引き合ってるんだ。でも、宇宙はどんどん広がっていくから、不安になる。そうなったら、引力に従うのがいちばんいい」
きっと、柚麻ちゃんもあの二人も、引力で引き合ったのだ。孤独に耐えかねて、もとめあった。けれど、星と星の衝突が痛みを伴うように、悲しい結末になった。
でも、新しい星が、衝突によって生まれることもある。さながら、父と母が子を宿すように。
柚麻ちゃんは眉を寄せた。「難しいことばっかり」となじられるのかと、唇の端を持ち上げかけたとき。柚麻ちゃんは口を開いた。
「柚花もそう?」
「……え?」
「柚花にも引力あるの? とてもそうは見えないけれど」
「私は……どうだろう」
「柚花は独りでも生きていける人間だもんね。いいな、強いなあ」
柚麻ちゃんはぐーっと身体を伸ばした。
ふと、ついさっき宿った、不思議な幸福感を思い出す。柚麻ちゃんが誰の物にもならなかったことに対する、幸せな気持ち。
自分の気持ちに気づいた気がした。
私は、醜い。
柚麻ちゃんに行動を促したときに考えていたのは、柚麻ちゃんが自分でけりをつけることではなかった。
ただ、私の手に縋ってほしかったのだ。
けれど、柚麻ちゃんはそうしなかった。
自分で立ち上がって、立ち向かって、歯を食いしばって、今は隣で笑っている。
(優柔不断。つい最近までそうだった人がそう簡単に行動的にはなれると思う?)
私は、醜い。
彼女のことを決めつけていた。
理解できるものと思い込んでいた。
近くにいることに慢心していたのは、私だった。
傲慢だったのは、私だったのだ。
柚麻ちゃんが「うぷくっ」とくしゃみをこぼす。
つられて私も、くしゃみをこぼした。
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