さよならから始まる(下)

「あ、そうだ」

 電車がもう来るというところで柚花は立ち止まった。

 大荷物が入ったリュックサックのショルダーを握って振り返る。

「なに? 忘れ物?」

 母がこぶしを振り上げる

「ちがうちがう」

 柚花は私を見た。改札を通り抜けたあとなので、私と柚花との間には壁がある。留まる者、行くもの。私と彼女との間には、どうしようもない壁が。

「なに?」

「柚麻ちゃんさ、歌うたいなよ」

「……は?」

「私、柚麻ちゃんの歌好きなんだー」

「え、いや、でも」

「私は絵を描く。柚麻ちゃんは歌を歌う。芸術姉妹。よくない? これで萌和が文章でも書けばぴったし」

「……考えとく」

「やったあ」

 彼女には今のが快諾に聞こえたのだろうか。万歳をして、けろりと笑った。この子はきっと、向こうでも泣いたりしないんだろうな。

 


「新しい世界を見に行ってくるよー」

 柚花はそう言って去っていった。

「行っちゃったわね」

「うん」

「……昨日はずいぶん長く話してたみたいだけど」

「うん。最後、だったから」

「そう」

「私、柚花を少し傷つけちゃったかも」

 あの時の悲しみに包まれた柚花の表情を思い出す。

「柚花は多分、ずっと楽しくおしゃべりしてただけだったはずなのに、私、柚花は私とは違う別の世界を生きてるみたいに……」

「まあ、大丈夫でしょ」

 母は体を伸ばしながら言った。

「実際そうだし。あの子、私ですら理解できないとこあったもの」

「……」

「きっと元気にやれるわよあの子なら」

 母は笑うと踵を返した。

「お母さん」

「何?」

「私、歩いて帰るね」

 車の扉に手をかけて、母はうなずいた。

「そう。気を付けてよ」

「うん」

 車は静かに駅前を出ていった。

 私は、人気のない駅前でうつむいて、また一人、泣いた。

 この喪失感はいつまで続くのだろう。

 ふと、口ずさむ。大好きな歌。

 柚花が好きだと言ってくれた歌。目と目を合わせて、生を時間する曲。まるで昨日の私と柚花のよう。

 

 遅咲きの桜はもう散っていく。


 悲しみも、喜びも、さよならから始まる。




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