Kei

物書きを生業としていると、一日中部屋にいることも珍しくない。

他人への興味が強い、そんな習性も手伝ってか、聞こえてくる音だけでも周囲の様子が何となくわかるのだ。


出入りなく隣人の生活音が途絶えて二ヶ月。引っ越しすることにした。冬でよかった。

執筆の合間に不動産情報サイトを見ていて、いい感じの物件を見つけた。単身向けアパート、三階建て、階ごとに三部屋。二階の真ん中の部屋。家賃は月に5万円。地方都市のここでも相場より安い。


「運が良かったですね。ここ、空きがでてもすぐに埋まってしまんですよ」

不動産屋はそう言った。駅から近いにも関わらず周囲が詰まっていない。人気なのも頷ける。


アパートを見まわると、裏に足場が組んであった。

「外壁を塗り替えるんです。もう準備が始まったみたいですね」

一見してそれほど塗装が傷んでいる気はしなかったが、こうした努力が物件の価値を上げるのだろう。

その場で入居を決めた。


勿論、予想はしていたが、外から見てどれだけよさそうな物件でも、いざ住んでみて初めて気が付くことがあるものだ。


住み心地は問題ない。しかし四方の仕切りは薄いのか、そこそこ音が聞こえてくる。

さすがに一階の音は聞こえないものの、両隣と三階の音はよく聞こえた。話声、足音、水の音… 神経質な人なら嫌になるだろうが、のおかげで気にならなかった。


二週間もあれば他の住人の生活のペースが大体わかった。

そして少々、困ったことになった。


夜中、101の女性の声が203から聞こえる。201の足の悪い男性の歩く音が、302から聞こえる。ドアの音はしない。出入りはない。


この部屋の奥のガラス戸。入居してから一度もカーテンは開けていない。

このまま開けないほうがいいだろう。


さて、どうするか。

気づいたことに気づかれないように、ここを出なければ。

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Kei @Keitlyn

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