第6話
謁見の間が静まり返っていた。
銀糸の如く精緻に織られた天蓋。その下に佇む王は、燃えるような紅玉の瞳で娘を見下ろしていた。
レグリーナは微動だにせず、玉座の下に跪いている。だが、その口元には皮肉めいた笑みが残っていた。
「……また、やってくれたな、レグリーナ」
低く、重々しい声が落ちる。
「帝国の威信を賭けた縁談だぞ。それを“肥満豚の養豚場には嫁がん”などと大声で……!」
「事実でしょ。何よあの腹。貴族ってより“家畜”じゃない」
レグリーナの横顔には一片の反省も見えなかった。
それが、かえって王の怒りを煽る。
玉座の脇で控えていた老宰相が一歩進み出る。
「陛下、姫殿下のご発言は外交上、重大な問題に――」
「わかっておるわ、老骨!」
王が叫ぶと、宰相はすぐに口をつぐんだ。
代わりに王は、ゆっくりと立ち上がる。
「レグリーナ。そなたに謹慎を命じる。三日間、城内より一歩も出るな。詫び状を草案し、わしに提出せよ」
「ふーん。で、書かないとどうなるの?」
「その時は、“別の縁談”を即刻進める」
レグリーナの瞳が一瞬だけ揺れた。
だがすぐに、それを凍らせるようにふてぶてしく鼻を鳴らす。
「好きにすれば? どうせあんたたちの“政治ごっこ”でしょ」
「レグリーナ!」
ヴォルクスの怒声が響き渡る。
そしてその場で、従者たちによりレグリーナは強制的に退席させられた。
残された謁見の間に、しばしの沈黙が落ちる。
やがて王は、レオンの方へと視線を向けた。
「お前……どう思う」
「姫殿下の振る舞いは、確かに問題がございます。しかし――」
「しかし?」
「“ただのわがまま”には思えませんでした。……強い拒絶の意志がございました」
王は苦々しく頷き、玉座へと腰を落とす。
「……あの子は、昔から変わらん。“好き”と“嫌い”にしか従わぬ。だが、それではいずれ……」
そこまで言って、王は言葉を飲み込んだ。
代わりに、レオンへと小さく命じる。
「……見張っていろ、レグリーナを。必要なら、多少の手荒も構わん」
「……はっ」
レオンは静かに頭を下げた。
しかし――その表情には、何か引っかかるものがあった。
違和感。形容し難い、胸の奥のざわつき。
それは、謁見の間ではなく――もっと別の“何か”が、すでに動き始めているような予感だった。
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